2011年10月27日

10月17日18日結いの里交流その2 行きがけの駄賃?新潟県bP蕎麦「長森」@八海山その2 へぎそばでないそばを求める精神のエロス的人間性(そば)

岡田さんが、おれは昼は食べないから〜といきなり頼んだ八海山吟醸とおつまみがさっと出てくる。
(お昼は、食べ物でなく、飲み物を補給する、わけである)
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わたしは運転手なので、もちろん飲めない〜〜〜〜(T_T)/~~~
が、そんなことにかまけてくれるような人たちでは、この人たちは、ない(-_-;)
建物に気を取られている間に、飲み食べが始まってしまった(^^ゞ

サーヴィス

平日の昼遅くで、客は3組ほど。スタッフもごく少ないようで多少提供に時間がかかることも手違いもあったが、しかしそれをカバーするサーヴィス・立ち居は、控えめな、馬鹿丁寧でない、簡素な、しかし十分鍛えられた行き届いた上質なもので心地よい。トレーニングによっては出来ない、よいものを知るものだけが出来る上質さ、といっておこう。

メニュー

メニューはこんな風。
基本のもりそばは700円。二八蕎麦だ。他に田舎そばと十割そばがある。
天ぷらは盛り合わせ700円、上天ぷら1000円、玉子焼き600円。東京あたりでも変わらない値段だろう。
もちろん酒は八海醸造のもののみ。八海山300ml900円、吟醸300ml 1500円。
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4人で、せいろ2枚、天ぷら二つ、とりつけそばひとつ、と岡田さんのお酒をオーダー(^^ゞ

天ぷら。
野菜の天ぷらだが、ボリュームはまあまあ。天つゆと塩が付く。
塩はシンプルな海塩。天つゆは穏やか。
天ぷらは一応さくっとする状態で揚がっている。素材にも、揚げ方にも取り立てて、のことはない。
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南瓜、レンコン、茄子、ピーマン、エリンギ、シメジ、サツマイモといったところか。

さていよいよそばだ。
いつも冷たいそば(しっかりしまって風味が出る)に、暖かいつゆ(出しの香りも味わいも立ち、適度にそばを暖め、そばの味わいもよく出る)を頼むのだが、大概はどこでもかもつけそばということになる。
(よく出てくる鴨は養殖長期冷凍の業務用商品で、ある)

たずねると、鴨はないですが鶏ならありますよ〜の答えが軽やかに帰ってくる。
そうである。美味しいものを食べるなら、鴨にこだわるより、あちこちにある、近くにもある地飼いの(地)鶏のほうが期待出来る。

そばは、ひきぐるみの田舎そばに換えてもらった。楽しみ楽しみ。

薬味には、ねぎと山葵に、少しゆずの皮が添えてある。ゆずは鴨、じゃなくて鶏つゆに入れて臭みを抜くのだな。
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そばはもちろん手切りの太目の田舎そば。

まずは何もつけず、そばだけを食べる。
コシ強く、かなり強く、歯を受け止める、受け止め、ねばる。
そばの旨みがどんと出てきて広がる。
美味〜〜〜い!である。
つゆなどなくて十分美味しい。美味しいものとはこういうものだな〜(^^♪

ついで塩だけでいただく(塩は天ぷらについていたやつ)。
ねばる田舎そばを格闘するように噛み切り、すりつぶし、押し砕く。
仄かな塩味がいっそうそばの旨みを引き立てる。
これぞ蕎麦喰いの醍醐味だな。
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とりつけ汁。
巨大な焼きねぎが、しかもきれいな焼き目のそれが中央に浮かんでいる(@_@;)
だが、あまりにもおおらかに三つ葉が散らされていて、眺めは結構台無し、かも。
濃い口のしかししょっぱくはない、つゆに鶏のうまみとねぎとにんにくの風味が合わさって、程よい。にんにくの効きすぎているところが多いが、ここはバランスよい。
とりは見えないけどね。
(後は食べるのが忙しくて写真を撮り損ねた(^^ゞ)
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そばをつけて食べると、蕎麦だけでも美味いのに、さらに醬油、出し、が合わさって複雑な味になる。
もう一口、もう一口、で、後は、つけて食べ、鶏を食べ、の繰り返しで気がついたら完食。
ボリュームもあり、満腹快々、大満足である(^^♪

ごちそう様でした。

     ※     ※     ※

参考まで二八のそば。
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こちらもコシ強く、粘りあり、田舎そばと遜色なく美味だ。

そばつゆは濃い口の江戸前、出しの強い田舎風とあるが、江戸前がよい。

そもそも新潟ではそばといえばふのりを混ぜた「へぎそば」が知られるが、これらはまずくはないが大方は観光化している。たいていの蕎麦屋でそばを食しても感心するようなことはまず、ない。
もともと米どころで、そばの需要も興趣も少なく、江戸風のそばをあえてこだわって作る風土は、ない。
わずかに、サツマイモなどと並ぶ救恤作物としてのみ扱われてきたのではないか。

それがここへ来て、長森や、十日町・土市の由屋(今回はいけなかったが)というような江戸風のそばで名をなす店が現れた。(長森はどちらかといえば八海醸造グループの「道楽」の延長かと見られなくもないので、生業蕎麦屋としては由屋だけ?)

新潟の地であえて、江戸風本格そばを求める精神、に土着に飽き足らない反骨と飛躍のエロス的人間性を思わずにはいられない。

     ※     ※     ※

■そば屋長森

新潟県南魚沼市長森415-23
025-775-3887
[月〜金] 11:00〜15:00(L.O.14:30)
[土・日] 11:00〜19:00(L.O.18:30)
ランチ営業、日曜営業
HPはこちら

  


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2011年10月25日

10月17日18日結いの里交流その1 行きがけの駄賃?新潟県bP蕎麦「長森」@八海山その1 風土に根ざして市場社会風にあしらう、現代的土着(環境・空間)

10月17日と18日Uzumakiのメンバー計4人(メンバーの詳細はまた後ほど)で新潟・十日町の結いの里を訪問した。

とはいっても17日は、結いの里の臼井さんが不在で、新潟魚沼地方不案内の3人にまずは魚沼良いところ、をPRしておかねばならない。それがコーデイネーターの使命だ、と信じることにして出発した(^^ゞ

南魚沼、八海山

9時30分をすぎて武蔵小杉を出発して、環八のいつもの渋滞に苦しみ、関越道を普通に快適に飛ばした(^^ゞ
1時30分までに目的の、新潟県bP評価の蕎麦店、魚沼市の「長森」へ到着するために、である。
その甲斐あって13時20分ごろにはめでたく到着。ふぅ〜間に合った(^^ゞ

住所は南魚沼市長森だが、昔の六日町というほうがぴんとくる。平成の大合併でぴんとこなくなったところのひとつだろう。
越後三山のひとつで、霊山と崇められてきた八海山の麓というほうがふさわしいか。
八海山は標高1778m、日本200名山のひとつだとか。
3年ほど前に一度、山頂近くまでいったことがある(ロープウェーでね(^^ゞ)
もちろん山頂付近は夏でも冷涼にして、稜線は険しく巨大な岩塊が突出する男性的な山で、初心者にはとても歩けない。

写真を撮り忘れたので3年前の写真でお茶を濁しておこう(^^ゞ
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八海醸造

八海山の麓はもちろん、いまや高名なブランド酒となった清酒八海山の里でもある。
長森は、清酒八海山(グループ)の経営だ。
(八海山は1970年代からの「端麗辛口」といわれる越の寒梅に始まる2度の地酒ブームを経てすっかり有名になった。もちろんそれ以前は日本酒らしくない日本酒、であっただろう。新潟では、売れなかったと聞く)

今日では、有数の人気を持ちながら少量生産を守り、安定した醸造技術を持つ蔵元として、また地ビールや焼酎へと多角化し、観光や飲食を併営するいわば第6次産業化した蔵元である。そのありかたは全国ブランド化したブランド力を背景に大量生産に踏み出す経済力を持ちながら、世界市場への「離床」を放棄し、地域社会の一員としてあり続けようとしている、ようにも、見える。少なくとも、拡大よりは持続に舵を切った、というような…。

魚沼・八海山麓という風土こそが八海山を生み出したのだという簡明な事実の重さをわたしたちは思う。
あるいは食(つまり飲も酒も)というもの、したがって自然性としての人間の、風土性・土着性というものを思わずにはいられない。

清酒八海山は、は八海山麓に端を発し、今日では旧六日町現魚沼市五日町地区長森に数ヶ所の拠点を置く。
(六日町は地域名であり、行政組織名でもある。町制を布いていたころの六日町は町村制から言えば「六日町町」となるべきところを自治体名としても「六日町」とした。市制を布けば十日町がそうであるように「六日町市」となる)

「八海山」の醸造会社である八海醸造株式会社本社醸造場があり、吟醸酒など高級酒を醸造している。本社に程近いところに本醸造酒・普通酒など定番酒を醸造する第二浩和蔵と、酒と食文化のコミュニケーションスペース「八蔵」と、新潟県内1との声もあるそば屋長森の「魚沼の里」がある。
少し離れた魚野川沿いに地ビールを醸造する「泉ヴィレッジ」があり、さながら八海醸造村、である。

魚沼の里

正面の壮大なそば屋長森をめざして、駐車場から歩く。
長森は、3年ほど前まで「岡寮」という名前で、別のところにあった。そのころ、わたしは一度訪問したことがある。「魚沼の里」という複合施設のひとつのキイとしてこちらに移転した。
右手が八蔵。後方が第二浩和蔵。
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空間

造園は山すその広葉樹林を意図したかもしれないが、まだ森というには幼く、庭木は若く弱弱しい。
上昇志向の貴族的または武家的な伝統和風庭園でないところがむしろ清清しく、この会社の凛とした土着志向の思想性というものを語っているかもしれない。

巨大な店舗は、豪農風、を想像して作ったとしか言いようがない。巨大だが作り方は昔の農家っぽく、質実剛健、民芸運動に通じるシンプルな用の美しさ、またはモダンナイズされた庄屋風といってよいか。
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この建物に似つかわしくない玄関。にじり口のような、はたまたかつての飲食店営業許可を取らない時代の九州の角打ち(酒屋の立ち飲み)の入り口のような、モジュールダウンした意匠だ。中の玄関スペースもとても狭い。
狭き門より入れ、というような意匠なのか、単なるギミックなのか、意外性を狙わざるを得ない、飲食店というもののトリックスター性を感じさせる。

水山さんが、身をかがめて入った姿勢のまま狭い玄関で靴を脱ぐ(^^ゞ
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玄関につながって、そのまま広い30畳ほどの通路兼板の間がある。
囲炉裏が切ってあり、なぜか床の間もある。
土間の様でもあり、茶の間(囲炉裏の間)、でもあるが、土間にも茶の間にももちろん床の間などはない。
この床の間は単に視線の行き場を受け止めるための演出であろうか。
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わたしは、一瞬、土間にして、農具でもおけばよいものを、と(通俗的に)思ってしまう、が、どうもこの囲炉裏に床の間という意匠は、微妙なところで単なる懐古趣味を「民芸」的にモダンナイズしているように思える。

店内は外観同様の豪壮なゆったりしたモジュールで、(モダンナイズされた)農家風のつくりの店舗。
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100坪以上はあろうかと思われる店内にわずか40人くらい(この「くらい」というのがそもそも都会ではありえないくらいテキトーで、市場的都市的企業的近代的効率主義を、逸脱している)しか席がない(@_@;)
天井も高いが、この辺の大きな農家住宅では間々ある程度の高さだ。天井が高いだけで夏涼しい(冬は寒い)。

岡田さんが足に持病を抱えているのでいす席でくつろぐ。
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しかし、この和風モダンは実はこの土地の風土に根ざしているのでもなんでもなく、いまは全国各地のそば屋や和食やで共通に見られるパターン化された伝統和風の商用化精神に過ぎない、かも知れない。

しかしながら、そんなに軽く皮相に事を収めてはいけないのであって、ここにはまさしく風土に根付いてしかしながら市場社会に翻弄されて、それなりのあしらいを生きるために強いられる現代的土着の姿がしっかりと定着されているのだ、というように思えた。

     ※     ※     ※

■そば屋長森

新潟県南魚沼市長森415-23
025-775-3887
[月〜金] 11:00〜15:00(L.O.14:30)
[土・日] 11:00〜19:00(L.O.18:30)
ランチ営業、日曜営業
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2011年10月03日

漢城軒@品川 肉をもって糖尿病を制す〜料理の美味しい、とても美味しい焼肉店

漢城軒は、焼肉用ロースターの八千代機械の経営である。
そもそもは、八千代機械のショールームとしてスタートした。
その名残で「八千代機械ショールーム」という看板が、今も入り口に、大きく掲げられている。

その八千代機械の長坂社長は、無煙ロースター開発の初期からこの業界にかかわってきた古強者である。
そして当然ハード周りのロースターや設備工事のコストや技術に精通するが、それだけでなく、焼肉店のソフトにも精通しているし、もっとソフトなアートや世界にも親和している、ように思える。

それはたとえば、こんな形のロースターを作り出すあたりに、濃密に感じられるのだ。
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2010年12月23日

港北ミートダイニングその1 基本の思想 12月22日オープン〜スロウフードの新型フードコート〜市場の豊かさから生活の豊かさへ

市場社会のなかに、非市場社会への通路を見出す

2月から企画・プロデュースを手がけてきた、モザイクモール港北5Fのファストフードでなくスロウフードの新型フードコート、港北ミートダイニングが、昨日12月22日オープンした。年末ぎりぎりになってしまった(*_*;

飲食や商業施設における企画・プロデュースとは、マーケティングデザインから業態開発(商品・価格・販売と運営の手法・環境デザイン)、事業主体(テナント)の開発・リーシング、その他宣伝販促・運営まで全般を取り仕切ること、である。

私が目指した、このプロジェクトの基本コンセプトは、「定常型社会(成長を期待しない社会)」(広井良典)と「地域=生存共同体」における「食」のあり方を「外食」という「市場」の中で指し示すこと、である。
それは、市場社会のなかに、非市場社会への通路を見出すようなこと、であり、「豊かな時代」なのにちっとも豊かでない「生活」を豊かにする道筋をつけることである、と思われる。

私たちの近代〜現代市場社会は、貨幣のみを富または豊かさの基準としてモノ的に貨幣的に「豊か」になってきた。私たちももちろん、その恩恵にあずかってきた。しかし今日では市場社会は行き詰まり、大きな転換のときを迎えている。
私たちも、市場社会の豊かさ=貨幣の豊かさが、生活の豊かさとはどうも一致しない部分があることに気づいてきた。

生活の豊かさと市場の豊かさ

生活の豊かさ〜自然性とつながり(協働)に根ざす「使用価値」


生活の豊かさとはなんだろうか。
固体に即して言えば、それは心も体も元気な状態を指すように思われる。市場社会では、経済活動は基本的に個人のギャンブルとして行われるから、リスクの多いデインジャラス社会である。そのストレスは個人の心身を痛めつける。
存在論的に抽象=普遍化して言えば、人間は本来的に自然としての本質において生きる、すなわち「自然性」のうちにありながら、協働して自然に(対象的に)働きかけて富を生み出す。
このとき人間は自然というものに立ち向かうために「協働」する必然があるとともに、自然とも「協働」している。人間は、他者とも自然とも協働する同志的なつながりにおいて生存を保障し、豊かさを獲得する。
(芸術はそのような価値を抽象した表現である。したがって市場社会と相容れないはず、のものである)
またこのとき、富はまだ交換するためのものでなく、自分で使用するためのものである。言い換えれば人間が生み出す価値は、原初的には使用する価値であり、交換価値ではない。生活のための富であり生活の豊かさである。
すなわち、「自然性」と「つながり=協働」に、人間の豊かさはあり、それは経済学的用語では「使用価値」というものである。

市場の豊かさ 〜ギャンブルと幻想(国家と貨幣)による交換価値

一方、市場の豊かさは、貨幣のみによってはかられる。
人間は、生活の豊かさを次第に拡張してきたが、それは同時に「商品」(マルクス)というものを生み出し、増加させるプロセスでもあった。次第に市場というものができてきて拡張され、それが一定の共同文化圏まで拡張されると「国民国家」というものが形成されてゆき、「重商主義」とよばれる時代にいたった。「国家」は共同幻想でありながら、投機したり、つまりギャンブルしたり、競争したり、戦争したりする「主体」であるかのように思いなされた。
この「思いなされる」が共同幻想の成立、ということである。

このとき「国家」というものは一定の市場支配圏を持って成立した。すなわち国家とは貨幣によって計量される一つの統一市場である。したがって「国家」は成立とともに「国家」どうしの間の富の競争が始まり、それは大砲や軍艦を買うことを目指すものであった。
言い換えれば「国家」は他の国家との戦争のために成立し(戦争機械としての国家)、そのため国家経済(これを国民経済と言いくるめる言い方もある)は、戦争のための富の統計としてはかられるものである。

したがって、アダム・スミスもケネーもあれほど貨幣というものを毛嫌いしたにもかかわらず、「国家」の富は、大砲や軍艦を買い、職業軍人を養うための貨幣のみが求められ、したがって国家の富とは貨幣のみによって計られることとなった。
それは今日も続いており、国民経済学における富の統計はGNP、またはGDPと呼ばれる貨幣によって計算された富である。

食を通じて自然性へ帰る、つながり(=地域)を回復する

国民国家に、貨幣にあらわれない生活の豊かさはいらない。自然性に根ざす食生活は豊かではなく、貨幣に換算される工業化・産業化された食生活だけが豊かな食生活である。
人とのつながりで相互扶助する地域性に根ざした安全や安心ではなく、市場において「命がけの飛躍」に挑む自由の結果としての貨幣がが豊かさである。

失われた生活の豊かさを、国民国家は「福祉」行政として、すなわち貨幣として補填することを試みたが、市場が隅々まで浸透し、これ以上の拡大が困難になると、市場社会の原理そのものが行き詰まると、同時に貨幣的福祉国家システムも行き詰った、と言えようか。
また市場社会は自己増殖的に、生活のなかにまで浸透し、家族を解体し、「つながり=協働」を解体した。今個人は、行き詰まった市場社会のなかで、自然性からも、つながりからもばらばらに分断され孤立している。

食は、性や、生理や精神と並んで、身体性=自然性において観念的幻想的であり、観念や幻想であることにおいて身体的自然的なもの、であり人間にとってもっとも原初的な営みの一つである。

わたしは、この根がらみ骨がらみになった食というのものを通じて市場社会のなかに、自然性やつながりへ通じる道筋を見出さねばならぬ、と考えたのである。

市場社会の根なし草から、地域に根ざして市場社会の幻想化圧力、分断圧力と戦うものへ

今日、市場社会にあって、貨幣抜きに生きることの困難は明白である。しかし貨幣にはあらわされない豊かさを大きく志向する食のあり方を、ぎりぎりの市場の秩序の端部で実現することは不可能ではない様に思われた。
それは、自然性というもと、つながり(地域性)というものを大きく孕む食のあり方であり、市場の原理と自然+地域の原理が交錯する場所である。
したがって「商品」は交換価値=価格に対して、使用価値=豊かさが大きく勝っていなければならず、出店者は利益を市場に吸い上げる本部システムの利益拡大企業、とくに大企業であってはならず地域に根ざして地域に貢献する地域への利益還元者でなければならない。
市場社会に漂う根なし草ではなく、地域に根ざした人間として市場社会の幻想化=貨幣万能・国家偏重と戦い、分断化=個人化・孤立化と戦う最前線として、それは構想される。
いや、この言い方では違う。
自然+地域社会と市場社会、使用価値の世界と交換価値の世界は、市場社会システムの行き詰まりによって、敵対するものでなく、融和するものになってきた。あるいは、ならねばならぬ。

今次プロジェクトにおいてもそうであるように、互いに一致しない価値規範を含みながらも持続し継続すために、市場社会はその富をもって、自然+地域社会の復活拡大を支援し、バランスのとり方を模索し、新たな富の形をともに目指さねばならぬ、と書いておこう。
(デベロッパーは内装工事に、やや不相応かと思われる貨幣を投じ、貨幣的に豊かとはいえない出店者にも幾分かの援助をした。見識、というものである、と思う)

     ※     ※     ※

しかしながら、精神(観念・感覚)というものによって、世界を対象的にとらえる人間というものの本性は、奇怪で矛盾に満ちている。
理性で思考しながら同時に感情で行動する。
行動はおおむね、感情の高揚によって行われる。
人間は行動において存在するのであるならば、本質的に感情的に存在する。

人間の作った社会(または共同性)は、市場も戦争も、利害に加えて気分や感情やによって行動にいたる。市場も戦争も偶然によって行動に至る、ことがしばしばである。
また、倫理的な正義において協働的に共同性を形成しながら、あるとき暴力的に反自然的であり反社会的であり破滅的である。
あるいは協働の安定と制約よりも、個人の欲望と自由を望む。あるいはギャンブルを好み、または蕩尽することにおいて再生の希望を感覚する。または、最終的に死滅することにおいて絶対または永遠であろうとする。
(芸術は人間のこういう不可解な観念の動きを捉えたものでもある…)

わたしたちは、市場というものの存在、市場性=命がけの飛躍、という原理に、辟易としながら、しかし価値を見出す、であろうか。

けっきょく、わたしたちはジグムント・バウマンのいうように市場社会の外部に非市場的な価値の世界(コミュニティ)をつくり、これを市場社会と隔離し逃げ場所または安息の地とすること、とするほかないであろうか…。

     ※      ※     ※

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2010年09月12日

VEG-TABLE@横浜西口A 驚異の500円ランチよりさらにハイCPな夜

ブログ化するのがとても遅くなっている。
わたしの中ではどんどん記事になっているが、現実は時間がなかったり、体力がなかったりでとても追いつかない。
が、気になっているので何とかしたい。
思うようにコトが運ばないのは、余計大きなストレスになって全体の仕事量を減らすことになるからだ。

などと言い訳を呟きつつ、できることをやるしかないか(^^ゞ
たまっている飲食店とうまいもの:かるびあーの、ぶたりあん、野菜村大地、みやじ豚の豚むすそのA、かながわの名産100からA厚木バーガー・厚木夢ポーク、B荒井屋のすき焼き弁当、新潟蒲原コシヒカリの話、岩手遠野のホップの焼酎の話、うーんあと岩手1蕎麦屋の二足のわらじ地水亭、Uzumakiファームのサンチュの話(かよちゃんがサンチュは「苦い」からいらない、と言っていたので)…。多すぎて書けないな〜、そもそもたかがブログを書くのに時間がかかりすぎるのであるが(^^ゞ

     ※     ※     ※

さてVEG-TABLEである。店名どおり野菜の美味しい「イタリアンバール」と名乗って、20〜30代の女性に焦点を絞っているように見えるが、実力は隠れようもなく男性も多数集い、同時代のエネルギーが渦巻く、往年の全盛期のラ・ボエムを思わせるメルティングポットのようだ。

訪問したのは8月31日なのでもう10日以上経っているのか。

そもそもこの店は、驚異の500円ランチで知られるが、それを支えるのは基本の食に関する深い理解、料理力、サービスのマインドと技術である、ハズである。
そしてそれは夜にこそ最高に発揮される。
したがって正しい評価のためには、夜に行かねばならない。
※ランチは500円。これに+250円でサラダバーとドリンクが、さらに+500円ではサラダバー・ドリンク・ドルチェがセット。

時間は18時30分ころ、横浜駅近くの雑居ビルの8階である。
窓の向こうには首都高速。

エントランスを入ると、野菜やら、ハモンセラーノの模型やらがお出迎え。
VEG-TABLEは横浜の地野菜を中心に扱う、野菜の美味しい「ダイニング」である。
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目の高さを、バンバン車が走っているのにまずびっくり(@_@;)
(写真ではうまく写らなかった(>_<))
店内のテーブル席はほぼ埋まり、カウンターにも2組。十分な入り、繁盛店である。
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店長垣花さんの、気配りの利いた接客に楽しまされる。
垣花さんはグローバルダイニングのお店に少しいたことがあるというが、その息吹を少しどころではなく全身に漲らせ、ほぼ一人で接客のほとんどをこなし、人を楽しませる素晴らしいサービスウーマンだ。
カウンターに案内されて、座ると、目の前のすし屋みたいな冷蔵ショーケースに野菜の料理らしきものが見える。
(ラップがかかっているのが、ナンだが)
左はエリンギのグリルのマリネのように見える。ハーブ類が入ってエッジが効いていそうだ。
右は、夏のフレンチの前菜の王者、彩り美しい野菜のコンソメジュレ寄せ、のように見える。
すでにこの2つで、しっかりした料理が提供されるのがわかる。
何よりも先に、これとこれ!とオーダーした(^^ゞ
どんな風に出てくるか楽しみ。
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まずはエリンギの香草マリネ。軽いおつまみで出てきた。値段は忘れた(^^ゞ
グランドメニューにもないが、軽いおつまみ類は概ね400円〜500円前後なのでたぶんその辺。昼同様、圧倒的なコストパフォーマンス。
きのこ類のマリネは地味だがフランス・イタリアの田舎では、食生活を彩る花形の一つであろう。
きちんとフランス・イタリアの料理を知っている人なんだな。

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野菜だけのジュレ寄せかと思ったものは、マグロとアボガドのジュレ寄せ。季節メニューでたぶん900円くらい。
マグロやアボガドをちりばめ、ガーリックトーストとソースを添えた美しい一品になって出てきた。気づかなかったけれど、マグロやアボガドが入っていたのか〜大衆価格で、顧客ウケをよくするためには確かに有効だな。

じつは、最初に一目見たときに、大振りのずしんと手ごたえのある野菜のテリーヌの画像が頭に浮かび、その連想に引きずられてオーダーしたのだった。わたしは。
わたしの頭の中の大振りの野菜のテリーヌは、2005年に閉店して、今は幻となった深津シェフが全て独りで手作りして一日2組しか客をとらなかった、かの文京区白山のラ・ベル・ド・ジュールで食べたそれである。たぶん2003年ごろにたずねた。その後はうまく予約がとれず再会できなかった。その後もいろんなところで食べては見るが、あの迫力、あの深い上品な味わいには出会えない。(深津シェフは神保町学士会館にいるのだと聞いた事があるが行っていない)

記憶は記憶。
現実のマグロとアボガドのコンソメゼリー寄せは、価格に対して十分なプレゼンテーションと説得力を持ってわたしを楽しませてくれた(^^♪
まずはそのまま、ひと口。野菜の味わいと言うよりはコンソメジュレだな〜マグロとアボガドがときどき顔を出してふくらみを添えてくれる。ジュレは深みと言うより強いうまさ。ふと、クイーンアリスのシーフードのサラダを思い出したりする。
つまみには最適、かな。
トーストに乗せて食べて見る。
ガーリックトーストがすべてを一つにまとめてくれる。
ワインにちょうど、かな。
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ドリンクも、往年の(あ、今も、だけど)ラ・ボエムを思わせるイタリア風アメリカンフルラインメニュー。
ビールは生はギネスとエビスのみである(!)(他にイタリアンビールのモレッティとドレハー)
最初はピルスナーと言うことでエビスをオーダー。
磨き上げられたグラスには一つの気泡もつかず、飲むほどに美しいビールの泡の天使のリングが残る。
この些細な一事のために払われる努力の数々を感じながら飲むことは幸せである(^^♪
クリアなクリアなエビスを楽しんだ。
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後はワインに切り替えて、ヴァルポリチェッラ・スペリオーレ。550円byグラス。
ヴァルポリチェッラは、かつてピアノピアーノの村上オーナシェフに教えてもらった、イタリアワインのお奨め銘柄。コストパフォーマンスに優れ低価格ながらしっかりしたボディ、華やかな香り、程よい酸味を併せ持つ。訪問記はこちら
今回は、価格を見て、ちょっと心配したが、案の定、浅かった。でも片鱗は味わえたけどね。

料理は進んで、垣花さんお奨めの横浜野菜のバーニャカウダ。(ソースは写っていない)確か1,200円だったか980円だったか(^^ゞ 野菜は都筑、港北が主力とのこと。新鮮な野菜はそれだけでも十分美味しい、と言うことを改めて実感。ソースはバランスの良いオーソドックスなアンチョビソース。ソースを味わうためにガーリックトーストを2度も追加した(^^ゞ
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やはり地元っぽくと言うことでシラスのピッツァ「しらすのマリナーラ」。980円。
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しめは、ベジタリアンパスタをと言う声を、濃い〜もの好きのわたしが強引に押し切って生ハムときのこのクリームフェトチーネ。1300円。(酔うほどに、イタリアンの醍醐味がほしくなってしまったのだ(^^ゞ)
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いっしょに行った洗練されたサービスマンの雰囲気を持つ松下氏が、丁寧にやさしくとり分けてくれた
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途中で本格イタリアンかと混同し、あらぬ期待もしてしまったが、カジュアルに使う分にはもちろん上出来、ハイコストパフォーマンスの一軒だ。

     ※     ※     ※

■VEG-TABLE ベジテーブル
横浜市西区北幸1-1-2 横浜共益ビル8F 横浜駅より徒歩1分
tel 045-322-2221 
昼は驚異の500円ランチ、夜はもっと驚異のハイCPのイタリアンバール。サービスはポイント高い。
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2010年09月02日

コミュニティ時代の新たな食ビジネス VEG-TABLE(ベジテーブル)@横浜西口@

今日、飲食業は全般に低調である。それは市場社会全般の低調を映しているだろう。
かつて飲食業またはサービス業の繁栄は、QSC+Aといわれる「使用価値」とプライス=「交換価値」のバランスにあるとされた。今も原理的には変わりはしないが、バブル期以降の「新業態時代」にあってはとくに、そのような「市場原理的」なマーケティングビジネスとしての飲食業が追求されてきた、と思える。
強烈なアメリカ的サービスマインドの人的魅力で賞賛された個人商店「長谷川実業」が、いわばその成功によって自動的に市場原理の上昇拡大過程に引きこまれ、前市場的な人的資源をできる限り活かしながら事業性の軸足を「資産」と「成長」におく上場企業「グローバルダイニング」に、市場的には成長せざるを得なかったのはその辺の事情を物語っていようか。
しかし、飲食の「市場化」が飽和状態にいたり縮小さえしている現在においては、「マーケティングビジネス」としての飲食は次第に戦線を縮小せざるを得ない。

超長期的につづくかと思われる市場の停滞による集客の困難さと、孤立分断され、そのことによって初めて確立された「個人」間のコミュニケーションの回復が社会的主題になりつつある事情が相俟って、あらためて飲食業はその発生の原点とも言える、人的資源と小さなコミュニティに軸足を置く、コミュニティビジネス時代に入りつつある、ように思える。
(わたしには、今も80年代の「カフェ・ラ・ボエム」が市場社会のあわいから、別な価値を照射していた、と思える)

かつて取り上げた青山「COVI'S」、元住吉「FRESCO」や「厚木シロコロ・ホルモン」などのB1-グランプリの諸勢力、「横浜ベジタブルマーケット」を展開する「HANZOYA」や「ここから」、これから取り上げる「VEG-TABLE」などの存在は、巨大な世界的な市場社会ネットワークから身をそらすようにして、成立しようとするコミュニティ的な飲食ビジネスを志向しているように思える。
その他無数の、「地域」を形成する一つの有力な要因となっている、人的資源とコミュニティ形成に軸足をおいたビジネスは市場社会と混在しつつ融和はするが融合はしない新しいコミュニティ的な「経済」の原理として市場社会に代わるオルタナティヴであるかもしれない。
飲食事業、食にかかわる事業に携わる人たちは、そのことを良く自覚するべきだと思われる。

     ※     ※     ※

VEG-TABLEは、横浜に地盤を置く1956年創業の老舗飲食企業オリエンタル物産グループが経営する。
オリエンタル部物産グループは、時代の変転に堪えて、今日ではナイトクラブ、ラウンジ、カラオケ、和食寿司、中華、洋食、カジュアルイタリアン、カフェ、ラーメン、焼肉など多業態60店舗ほどを展開する複合飲食企業である。

いくつか、同じ店名を冠する他店化業態もあるが、多くは1店名に1店舗である。それもあまり大型のハコは少ない。手作り可能な範囲の店が多いように思われる。おそらくは創業時からの一店舗ずつの手作りの店作り=創造精神が生きている、このクニらしい飲食企業であるといえようか。

60ほどの店名が並ぶ、オリエンタル物産グループの案内を見ながら、多くの感慨を禁じえなかった。

市場化時代にはチェーン化が成長=生き残りのための最有力戦略とされ、現にそのように転進した企業もあるが、わたしの知るところでは、多くの創業者たちは、何事かチェーン化精神=商業界精神に異和を感じてもいたであろうか、手作りの店作りにこだわり「時代遅れ」となることを厭わなかった。
そのため多くの創生期飲食企業は苦戦し、消えていった企業も、もちろんのことながら多いのである。

そもそも、このクニの飲食業は、概ね朝鮮戦争で市場経済が成長軌道に乗り、息を吹き返した1951〜5年頃(昭和26年〜30年)ごろに創生する。
東京における瀬里奈グループ、大阪における大和実業(1951年創業・現ダイワエクシード)、丸和観光、名古屋における木曽路グループ、金沢における寿観光、福岡のロイヤルグループ(1951年)など、各地にたくさんの新しいパイオニア事業家が誕生した(その他の多くは、いまは多くは忘れてしまったが)。

多くはキャバレーなどの社交飲食業を手がけて基盤を築き、完全に成長軌道に乗った1960年頃、洋酒・ウィスキー普及のための実にきめ細かく手厚いフィールドマーケティングを敢行した現サントリー社の成長軌道に合わせるように「成長」を夢見て、バーやコンパ、洋酒喫茶などのアルコール業態を展開していったであろう。
その頃の飲食業は一部男性のものであり、女性は外食も外で飲酒することも倫理に反することであったろうか。1970年代、ファミレスやFFS(ファストフードシステム)が登場してもなおそうであり、バブル期をへて食の質やファッション性(すなわち、消費そのもの)が市場の重要ターゲット(生きることの価値)となるまで、飲食業はいわば社会の本筋=生産から隔離された消費産業であり「日陰」の仕事であったのだ。
その後の時代の、転変を経て、外食や飲食は巨大市場を形成したが、飲食業創生時代から生き残っている企業は、おそらくとても少ない、のだ。

それは、良く言われるように、時代の消費は何事か時代の精神を象徴するとすれば、一つの成功はそのまま次の時代への適合の困難でを意味するからだ。
消費は貨幣の自己増殖原理のように(当然だが)増殖するが、市場原理の浸透度合いに応じて、対象をもの的必需消費からこと的選択嗜好消費へ移し、付随する意匠(たとえば「デザイン」というもの)を代えながら、一つずつの時代を画してゆく。
たとえば、アルコール業態で育った事業家は、非アルコール事業への適応に困難、または嫌気を感じ、高付加価値手作り志向業態でそだったものは低価格システム化チェーン化業態への適応にやはり困難または嫌気を感じる。
(わたしも、バブル期のビール全盛期のデザイン化初期時代の息吹を全身に浴び、その後の食べ放題などの価格志向の店作りを「大雑把な」店作りだと感じたりしていた。また多くの師恩を受けた丸和観光のあまりに率直であるがゆえのあまりにあっけない消滅などの転変を見て、市場社会の原理(というか消費主導の消費資本主義からついにはお金が一番効率的にお金を生むという金融資本主義へといたる奇怪な共同幻想貨幣の自己増殖に)嫌気を感じても、いた…)

60ほどの店名が並ぶ、オリエンタル物産グループの案内を見ながら、多くの感慨を禁じえなかった、のである。

     ※     ※     ※

■VEG-TABLE ベジテーブル
横浜市西区北幸1-1-2 横浜共益ビル8F 横浜駅より徒歩1分
tel 045-322-2221 
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2010年07月27日

厚木シロコロ・ホルモン千代乃 その1 厚木シロコロ探検隊登場

仕事仲間のM氏と伝説の第3回B1グランプリ・優勝の「厚木シロコロ・ホルモン」食べたさに厚木へ遠征した。
厚木駅から3kmほど。
車で行くには便利なところに、しゃれた建物ある。がテナントはどうも呑み屋系で揃っているようだ。
その中心?に千代乃はある。
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入口にランチの案内。
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店へはいると、カウンターの中では
いかにも怖そうなご主人が黙々と仕事をしている。
今日は厚木シロコロ探検隊の中村隊長・小野塚副隊長と待ち合わせなので小上がりの一番奥へ。
基本的には、夜の業態なので、昼は比較的ゆっくりだ。
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すぐにご両人が現れ、挨拶もものかわ、有無を言わさずにオーダー。
シロコロ定食1,000円と味噌豚鉄板セット1,000円を各二人前。
(きっと昼なので、これで済んでいるのだな(^^ゞ)
左が隊長の中村さん、右が副隊長の小野塚さんだ。
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テーブルの上はこんな具合。
定食のセットはもつ煮と煮豚。これがまた絶品である。
七輪とシロコロは先にやってくる。
すると小野塚副隊長がすかさず、「シロコロは焼き方できまる。わたしが焼きます」ときっぱり断言。
で、手も足も出ず、ひたすら焼上がりを待つことになった(^^ゞ
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     ※     ※     ※

■厚木シロコロホルモン焼 千代乃
厚木市飯山3136-2
tel046-250-2227
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