2011年10月22日

10月16日中原区民祭の野菜市〜野菜市の論理と倫理〜食の奪還を目指してその3

市場原理から、自然性(=自然らしさの本質)としての人間へ

人間はその生命を自然の一部として贈与され、自然の一員として自然と一体となって自然のうちに生きる。
肉体的には直接自然=植物と動物を食べ物としてのみ生きられる。
このことはその1に書いた。

市場社会にあっては、自らの自然性・土着性・風土性から脱却して市場性・流動性・世界性へと赴くことが「進歩」であり「希望」であり「夢」であり「成功」である、と語られていた。
そのとき、食は「自然からの贈与」ではなく、「商品」となり、市場システムによって個人から剥奪され、手の届かないものとなっていた。そして、戦争国家アメリカの戦略物資、または「武器」とまで成り果てた。
その結果は食品(表示)偽装であり、BSEであり、O-157であり、ベトナムの枯葉剤のような毒性を持つ莫大な量の残留化学農薬・化学肥料の堆積であり、莫大な量の遺伝子組み換え食品であり、それらからなる化学調味料や保存料やその他の食品添加物類を大量に使用したファーストフードであり、工業化されたレトルト食品であり冷凍食品であり、コンビニ等の大量製造惣菜や弁当や、その他のインスタント麺やインスタント食品や、である。
その辺は、こちらにも書いた。

しかし1987年アメリカのブラックマンデー、1990年日本のバブル崩壊で行き詰まりを露呈した市場システムは、その後何度かの挑戦としっぱいを繰り返し、2008年リーマンショックで最後的に限界に達し、わたしたちの生存システムは根本的な転換を迫られている。
食は直接肉体的(精神的にも!)な生存の基底をなすものであり、市場システムから本来の自然性へと奪還され、個人の目に見えるところで自然からの贈与として獲得され加工されるべきものであるだろう。
社会システム全体は国民国家に代わる新しい公共システムが求められ、その内容は広大にして複雑多岐にわたるが、少なくとも食だけは、早々に喫緊に、自然性に根ざす個人の手に返還されなければならない、と思われる。

思想的にはすでに、経済社会学者カール・ポランニーによって1930〜40年代に、後に『大転換〜市場社社会の形成と崩壊』(邦訳1975年、原書The Great Transformation 1957)収録される諸論文が発表され、市場社会の意義と限界、終わりの必然性が完膚なきまでに解き明されていた。
今はその大きな思想的地平を肉付けして、実践へと構築してゆくとき、である、とわたしには思われる。

自然性と土着性と風土性へ帰るための「市」〜野菜市3原則

野菜市は、「市」と称するがもちろん世界市場を目指すわけではない。土着性、風土性に帰るための「市」である。
この辺のことは少しその2に書いた。

そのために、野菜市では
■自然性〜自然の産物とその一次加工品のみを取り扱う(添加物、化学工業製品を使わないもの)。また自然的風土的農法で作られたものだけを扱い、工業化された農法で作られたものを避ける。
品種においても、出来るだけ在来種の野菜を取り扱う。
■土着性〜「かわさきそだち」の野菜だけを扱うのが本来だが、量が足りないこともあり半分以上は川崎産のものにこだわる。また地域の特産物や伝統種を大事にする。
■風土性〜季節の運行に従い、旬のものを農家からは出来るだけ高く買い、購入者には出来るだけ安く売る。作物がなければ無理して売らない。風土に合った伝統種・伝統産物を大事にする。
という原則がある。

また特に相互協力的な関係にある(付き合いのある)新潟・結いの里の野菜を扱ったりする。
梅干やジャムや味噌や納豆など加工食品も扱うが、加工者は自分かまたは「仲間」であり、加工にあっては地場産の自然物以外は使わず、添加物も、もちろん化学工業製品も使わない。

価格の重要性について

価格とは物の価値を貨幣単位にして表したものだが、どのような価値を表したものか定かではない。使用価値ではなく交換価値とも言い切れない。
おそらく近代経済学用語では説明のつかないものだ。

価格の決定要因について、近代経済学は需要と供給が決定するのだといっている。しかし、そのように純粋に動くのは経済学者のモデルの中だけである。
生身の社会には、生産者側のコスト+利潤という生産者が主張する価格がある。今日でも野菜の直売所では生産者が値段を決めている(決め方の根拠はともかくとして)。
あるいは大企業が指値をして決めるような、あるいは入札価格というような買い手の主張する買い手価格がある。
これらの絡み合いに、感情や気分や、といったものが加わる。
良くわからない。
だが、野菜に値段をつけようとするとき、本来自然の恵みであるはずのものを市場の価値に置き換える何かが働いている。仮に純粋な自然農法で、自家取り種なら、コストは道具類と労働コストだけになる。道具類も自家製造可能なら、コストは労働コストだけだ。最終的に価格は労働コスト(抽象していけば労働時間)を市場的に表現するものということになる。
だが、現実には労働コストよりはるかに安い価格で野菜は流通している。
市民社会はそれを容認し、代わりに農家への市場からの補助を行っている。

そこには、(安くなければ買ってくれない、という)市場の圧力だけでなく何か違う力が働いているように思われる。
たとえば、食を市場社会のギャンブルまたは蓄財の原理から救い出そうとする自然から市場社会への贈与である、あるいは圧力である、というような…。
それは、市場社会が何かしらボランティアや慈善の気持ちを人間に起こさせるものと相通ずるようなものだろう。
価格は、自然の価値、すなわち使用価値をあるいは自然というものの尊厳を、市場社会の価値に変換しようとする不思議なトリックスターだ。
それは人間の利他の気持ちに何か通じるところがあるかもしれない。
あるいは人間が社会を作って生きることの、何か本質的な意味があるかもしれない。

価格は重要である。

     ※      ※     ※

10月16日はぬかるみの等々力緑地で開催された中原区民祭で野菜市。
野菜市は「かわさき育ち」野菜市、である。
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それでも人々はやってきて次々に野菜を覗き込む。
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人間は、ハレとか祝祭とか抜きに生きられないのだな〜、とつくづく思ってしまう。

忙しくて、あまり写真を取ることが出来なかった(^^ゞ

野菜は川崎市内の5農家から、初物のほうれん草や蕪、地場種の禅寺丸(柿、ね)、今シーズン最後の茄子など15品目、価格で全体の50%ほど。
新潟の結いの里から、大量の人参や大根、ミニトマトのアイコや南瓜栗ゆたかなど全体の2割10品目ほど。
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以前に撮った写真だが、臼井さんはいつもこのトラックで駆けつけてくれる。
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結いの里は十日町の台地の上の遊休地10haを耕作するが、都市の住民との交流相互支援を求めて活動する〈食農共同体〉でもある。
臼井さんは毎週東京と十日町を往復して、東京の小学校19校でお米の学校を開いている。
また、Uzumakiとも、大田区の昔のトマトの勉強会とも提携関係にあり、都市住民が作るダンボール堆肥を引き取って、農園の野菜と交換してくれる。
こちらは、結いの里で用意してくれる、ダンボール堆肥との交換用の野菜セットだ。
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大林さんは所沢の関谷農園からたくさんの初物のサトイモとにんにくを持って駆けつけた。
今年は、どこでもサトイモが良く生育して大粒だ。
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最初、テントの高さを一段低く設置してしまい、顔が隠れる状態になってしまった。
長身の大林さんは、テントの幕板部分をめくり上げて、顔出し(^^ゞ

岡田さんは、珍しい地大豆(在来種)を使い、在来納豆菌だけで作った、匂いのしない豆の力の強い納豆を広めることを使命としている。
今日は味噌や入り豆などの加工食品もたくさん用意してきた。
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たくさんの捌ききれないお客さんの合間を見て、中村さんが本日のお奨め品、小泉さんの生でも食べられるカブ「あやめ雪」を試食用に刻む。
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どろどろの土で野菜を置く場所もなく、販売用の台もなく、テントを低く設置してしまったり、諸問題はいろいろあったのだが、とりあえずお客様の数は多く、昼過ぎには、たくさんたくさんあった野菜はほぼ完売、売り場は空っぽ状態になってしまった。
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滅茶苦茶な大忙しから、一気にヒマになって、みんなお茶を飲んだり、お昼を食べたり(^^♪
お昼は中村さん手作りのおにぎりとお惣菜。
左から梅干、ちりめん、それと、う〜〜〜んたしか赤米(古代米)のおにぎり、だったかな〜〜(^^ゞ
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食の安心・安全を生存と生活の基底と考えるUzumakiであってみれば、イベント食といえども大量の遺伝子組み換えとうもろこしなどや化学工業製品を添加物として含む工業化された食を排し、出来るだけ自然状態に近いものを食べて、自ら実践しなければならない、のではないか、ということで、イベントごとに中村さんが材料を吟味して手作りしてくれるのだm(__)m

さらにわたしは、岡田さんがサンプル用に作ってきた地大豆(赤豆)入りの特大おにぎりもゲット(^^♪
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疲れたが大満足、の一日だった。

野菜市の論理と倫理 食の奪還をめざしてその1はこちら
野菜市の論理と倫理 食の奪還をめざしてその2はこちら



2011年07月03日

“野菜市”の論理と倫理〜食の奪還を目指して2 新丸子・医大モールのグーテファルムで定例野菜市〜自然志向・風土志向の農法で安心度高いかわさき野菜をかわさきの食卓へ

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安心度の高いかわさき野菜
これまでの、溝口すくらむ21(川崎市男女共同参画センター)での毎月第3木曜の定例野菜市に加え、新丸子でも定例野菜市が始まった。

かわさきそだち野菜市は、一応、かわさきでも農家というものがあり、それなりにしっかりした野菜を作っている(米作農家は、ほぼ、ない)ということを「広く」知らしめることになっている。

かつての京浜工業地帯の中核の川崎に、農家が存在するイメージは薄い。川崎産野菜などというものは、かつての「公害」イメージとダブって、安全性が低いのではないかというような声もある。

2010年の統計で「農家」は1257軒でそのうち、農産物を販売する農家らしい農家(「販売農家」)は697軒である。とはいえ、その過半387軒は農業外収入を主とする第2種兼業農家である。専業農家は219軒、第1種兼業農家は91軒である。だがこの数字は実感とかけ離れて多いように思われる。親子同居していて親はわずかな面積の「専業農家」、子は農地の大半を不動産賃貸に転換して本業はサラリーマン、なんていう光景が頭に浮かぶ、のだが。

言い換えれば、生活の心配のない「農家」が野菜を作っているわけで、そこには生活をかけるがゆえにありがちな、貨幣をめぐるぎすぎすした尖って切ない手触りを伴う、市場化した「農業」というより、「土」や「野菜」への愛着から野菜を作り続ける「農」の魂、といったものが漂っているように思われる。農法もシステマティックな増産農法ではなく、相当程度農薬を減らし、有機農法と輪作で土地を豊かにし、自然の諸事情と付き合いながら行う、おおらかな自然志向・風土志向農法が多い。
したがって、(意外にも??)大都市川崎で行われる農法で作られる野菜は、大農業地帯で行われるシステマティックな、または合理化された大規模農法野菜よりも、はるかに安心度は高い、のである、と断言しておこう。

顔の見える範囲の取引で市場価格より高く買い、市場価格より安く売る
7月3日日曜日の新丸子医大モール(東横線新丸子駅から、日本医大病院までの300mほどの商店街)はまだ眠っている。人通りも少ない。
9時には荷が到着し、袋詰めしたり量ったりして準備作業。包装資材にコストをかけず手間をかけず、新鮮な良い野菜を、市場価格より高く仕入れ、市場価格より安く売るためである。

野菜提供者は川崎市内の良心的な農家数軒が中心で、2年ほどの付き合いだ。農法も品質も互いに熟知している関係の中で、良いと評価したものをできるだけ高く買いたい気持ちになる。

売るについて、必要経費を賄うほどの利益が出ればよいので利幅は20%ほどでよいので破格に安く提供できるものがたくさんある。

かわさき育ち野菜で市民がかわさきの農を守り、農家が市民の食を守る相互貢献コミュニティへ
こうした考えを確立して実行しているのはuzumakiメンバーの最長老「アキゾーの野菜」の高山アキゾーさんであり、uzumakiはこうした高山さんの考えを引き継ぎ実行していきたいと考えている。
地産地消ということは、市場を媒介せず、農家と買い手が「顔の見える」範囲で継続して再生産可能な価格で作物の分配をするという関係を構築することだ。または食を媒介とする継続的で相互貢献的なコミュニティを形成することだ。
uzumakiが野菜市を行うことの意義は、そのことを先導的に行い、その場を構築していくことの中にある。(まだまだ、よちよち歩きだが(^^ゞ)

だから、この野菜はどこのどんな人がどのように作ったのか、どこを評価しているのか、なぜこの価格で売るのかということを毎回毎回精査していかねばならないし、低価格だからといって広域から集客するようなことは目指さず、なじみのお客様を作り、定着し根付いてゆくこと、その結果として川崎市民がかわさきの農家を守り、農家が市民の食を守る関係性(関係の場)を作り出すことにいたらねばならない、のだ。

     ※     ※     ※

10時に近くなり、袋詰めと計量を手伝ってくれたチャップリンおばさんは用事があって帰る。
品出しもほぼ終わり準備はほぼ終わったかな〜の風景。
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販売開始時の野菜たち。
トマトは1kg(950〜1000gね(^^ゞ)300円。85歳の宮前区の鈴木七五郎じいちゃんが、堆肥たっぷりの低農薬農法で路地でもハウスでも作る。実がなり始めて2週間たち、樹勢が落ち着き、果実も中玉から大に揃い、形も良くなってきた。
新じゃがは1kg150円。破格に安い。新じゃがもだいぶ晩生になってきて粒が大きくなってきている。
中原区の清水さんがつくる。清水さんは、(たしか高山さんの同級生であったとおもうが)農業のしにくい中原区内から横浜や(たしか)千葉にも畑を拡大している。立派な長ネギや芋を作る人だ。
という具合に全部に詳細情報をつけて行きたいのだが、今日はこの辺にしとくかな〜。またあとで。
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販売開始1時間経過。だいぶ品物も減ってきて余裕のメンバーたち。
日曜でも10〜11時の間に主婦層が朝市感覚で大勢買い物に来る。

右から、製薬会社に勤める助っ人の中村さん、やさいソムリエの大谷さん、uzumaki代表の山本さん、左端にちょっと間を取って構えているのは場所を提供してくれる輸入食品店グーテファルムオーナーでuzumaki会員でもある浅野さん。
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11時32分撮影。だいぶ品物も少なくなってきた。
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12時11分。気温30度を超え、12時を過ぎるとめっきり人通りが少ない。
あとは涼しくなる、夕方かな〜〜〜。
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それでもぱらぱらと人は動き、結局14時時点でジャガイモ2袋を残して完売(^^♪

     ※     ※     ※

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2011年03月12日

3月11日巨大地震その1・本日のUzumakiファーム

昨日3月11日金曜日14時46分、マグニチュード8.8という観測史上にも稀な巨大地震が発生した。
本日のUzumakiファームは協働耕作の予定だったが、中止。様子を見ながらどうしようかと思案中


定例のUzumakiファーム協働耕作日で12時ごろ帰宅。14時過ぎに車検の下見のために整備工場を訪れ14時00分ごろ再度帰宅。仕事部屋に入り少し片付け、コーヒーを入れて今日の記事を書こうかと思っていたとき揺れが始まった。

長い初期微動が10秒、20秒と続き、少しずつ強くなった。どこまで続くのか、分からないいやなゆれだった。30秒ほども経ったであろうか、ローリングするような大きな揺れに変わった。単純な縦揺れ横揺れでなはく、船や飛行機のローリングが近い。縦横の大きな揺れが一緒におきて、宙に浮くようだ。しかも長い。まだ収まらない、まだ収まらないと思いながらわたしは室内を見回して点検して、立ち上がって書棚を押さえた。揺れが激しく、手を離してはそのまま立っていることができない。歩くことももちろんできない。扉を開き、家人に大丈夫か〜と呼びかけた。
ちょうどその頃、ぷつんと音がして停電した。エアコンが止まり、照明が消え、ぷつんと音がしてデスクトップにしているPCの画面が消え、ルーターが止まった。
モバイルPC一台は電池で動いていた。
揺れは縦に大きくゆれ、また小さくゆれ、さらに横に大きくゆれて斜めにずり落ちて、ます増す激しくなり、一番大きな本棚が倒れるかと思うほど揺れた。底が抜けるような、いつ終わるのか分からない。どこまで大きな揺れが来るのが分からない。早く終わってくれ、とじりじりしながら本棚を押さえていた。
とてもとても長く感じたが、実際には1分もなかったのであろうか、よく分からない。
揺れがようやく弱くなり、これなら歩けるか、と歩き出したらまた揺れた。収まるのを待って、家族と顔を合わせて無事を確認。ついで家の中を確認、落下物はごく軽量のものなどで損害はないようだ。電気機器のスイッチを全部切った。
家の外へ出て、外形を確認。道路、家の基礎、外壁、窓、屋根(地上から目視)、電柱異常はないようだ。道路の信号が消えて車が連なり、徐行している、というか、渋滞している。何人かの人がやはり外へ出て状況を把握しようとしているようだ。口々に怖かったですね〜、大丈夫でしたか〜と声を掛け合っている。(この人たちと、助け合っていくのだな、と思った)

携帯電話に入るはずのエリアメール(緊急地震速報)は入らなかった。最初に届いたメールは実家を守る弟からの無事を知らせ、安否を問うメールが16時40分に届いた。返信したが送信できなかった。緊急地震速報は19時32分になって第1信(余震を知らせるもの?)が届いた。

     ※     ※     ※

隣家のおばあちゃんが、一人で心細くて、とやってきた。
家族が外出したりしていて一人でいる人は多い。ましてお年よりは気にかかる。

近隣の様子を見に自転車で一回りした。
チャップリンおばさんには自宅で、サバイバルの準備を整えていた。
スーパーでは、水や飲料、緊急用食料を求める人が列をなしていた。
一般回線電話はもちろん、携帯電話もメールも通じなくった。公衆電話のボックスに長い列ができていた。

     ※     ※     ※
地震発生から停電していたが、昨夜23:00頃には回復した。神奈川県では東電管内最大の130万戸が停電したらしい。
テレビがついて、情報量が一気に増えた。

被災地ももちろん、電気・ガス・水道、通信系交通系などほぼすべてのインフラが破壊されているだろう。
情報は極めて少ない。

わたしは、回復したテレビで、自衛隊が撮影したという、劫火に包まれる気仙沼の映像を呆然と見ながら眠れない夜をすごした。
早朝には、長野でも大地震が発生した。

今も、災害は進行している。
現時点で死者、行方不明者1300名余、火災126件、損壊家屋はどれほどになるか分からない。
むろんどれほどの被害になるのか、まったく予測できない。
――予測できないもの…。
カタストロフィ、と呟いてみる。



2011年02月01日

“野菜市”の論理と倫理〜食の奪還を目指して1 自然と食と労働と人間〜マルクスの自然哲学から

ゆるく、深い共通の疎外について

Uzumakiはもっとも低い鞍部のところでは、なんとなく食が大事じゃないかと、という直感を内部にもつ人の集まりである。だから何かをなさねばならないわけでもない。だが何もしないでいるのも自分に後ろめたい。ただ、わたしたちは、この社会の居心地の悪さを感じている。

この「ゆるい共通性」はしかし、わたしたちが生きるこの社会のもっとも深いところから発している、と思われる。

市場社会=資本主義社会において、人々が不可避に感じる自分をなくした感じ(喪失感)が、いわば共通のバックボーンであり、食についてのどうも真正でない感じを身体的直覚として、どうも人類共通の根深い喪失感に通底していそうだと比較的つよく感じ取った人々、である。
あるいはまた、食は人間が生きるうえで根源的な何かであると感じ取った人々である。
表現することは難しくても、自らの直覚的了解に、深い根拠を感じている人々である。

食とは何か、を簡潔に語ることは難しい。それは生命とは何か、人間とは何かを語ることに等しいからだ。

自然(=食)と人間のかかわりの根源

たとえばマルクスはこのように書いている。

  自然の産物の現れ方は、栄養、衣服、燃料、住居など種々雑多だが、
  肉体的存在としての人間は、そのような自然物に依拠しないでは生
  きていけない。人間の普遍性は、実践的には、まさしく人間が自然
  の全体を自分の非有機的身体とする普遍性のうちにあらわれるので、
  そこでは、自然の全体が直接に生活手段であるとともに、人間の生
  命活動の素材や対象や道具になっている。
  自然とは、それ自体が人間の身体ではないかぎりで、人間の非有機
  的な肉体である。
  人間が自然に依存して生きているということは、自然が人間の肉体
  だということであり、人間は死なないためには絶えず自然と交流し
  なければならないということだ。人間の肉体的・精神的生活が自然
  と結びついているということは、自然が自然と結びついているとい
  うのと同じだ。
  人間は自然の一部なのだから。
    ―カール・マルクス『経済学哲学草稿』長谷川宏訳岩波文庫P100

長谷川宏訳の『経済学哲学草稿』を通読すれば事態はとても分かりやすいのだが、長谷川訳といえども部分引用ではマルクスの意図を表すには多量の補足を必要とする。

人間は自然に依拠して生きていくが、食は当然自然のうちに含まれる。
人間の「普遍性」は、人間が自然の全体を自分の「非有機的身体」とすることの「普遍性」にあり、しかも人間は自然の一部である。

「非有機的身体」とは身体的器官ではないが、身体的器官同様に生命に不可欠なもの、というほどのことである。蜘蛛がくもの巣を住まいにも、「道具」にもするようなことを考えれば適切であろうか。人間は全自然・全地球を人間の非有機的身体として生きる(にもかかわらず、人間は自然の一員である)。

自由と理想としての「普遍性」=「類的本質」

「普遍性」とは人間のあるべき本来性といったほどの理解で、大過ないであろうか。人間にはあるべき本来性としての「普遍性」があるということはヨーロッパ的思考の特質であり核心であろうか。
そしてここには「理想」というものが含まれる。
キリスト教以来、とくにドイツにおいては、カントにおいてもヘーゲルにおいても人間とその社会にはあるべき本来性という「理想」があり、それは一つの「体系」のようなものすなわち全体性、または秩序として構想された。
その「普遍性」というものの中身について、(前段で)マルクスは次のように執拗に、とても深く言い切っている。

  人間は類的存在なのだが、二つの点からしてそういえる。ひとつは
  実践的・理論的に、自分の類をも自分以外のものの類をも自分の対
  象とするがゆえに類的存在であり、さらには(といっても同じ事柄
  を別の形で表現したものに過ぎないが)、自分自身を現存する生き
  た類として扱い、自分を普遍的な、したがって、自由な存在とみな
  すがゆえに、類的存在である。
  類的生活の基本は、人間の場合も動物の場合も同じだが、まずもっ
  て肉体的に人間が(動物と同じく)非有機的自然に依拠して生きて
  いる点にある。
   ―カール・マルクス『経済学哲学草稿』長谷川宏訳岩波文庫P99

個々の人間は共通して、単に動物的固体として振舞うだけでなく、「自然」や「人間」を「類」として扱うという「意識」の働きをもつ。そのような「意識」をもつことで、人間は「個人」であることとなり、動物とは違い、「自由」になる。
それはこのように語られる。

  確かに動物も生産はする。蜂やビーバーや蟻は、巣を作り、住まいを作る。
  けれども、動物は自分または自分の仔が必要とするものしか作らない。生産
  が一面的だ。ところが、人間の生産は普遍的だ。動物は目の前の肉体的な欲
  求にしたがって生産するだけだが、人間は肉体的欲求を離れて自由に生産し、
  自由の中ではじめて本当に生産する。動物は自分自身を生産するだけだが、
  人間は自然の全体を再生産する。
   ―カール・マルクス『経済学哲学草稿』長谷川宏訳岩波文庫P99

「自由」とは、ここでは「肉体的欲求」から離れた「意識」や「精神」の「自由」であり、したがってなにごとか「理想」すなわち「普遍性」を目指して、食を得、住まいを作り、芸術などというもの作り出したりする。大事なのは「理想」は個人の内部の理想であるが、同時に他者にも共通の「普遍性」であるというところだ。

類的価値の源泉としての労働と「食」の根源性

ここで、マルクスは生産、すなわち「労働」のなかに人間の「類的存在」としての本質、自然性としての人間の生きる価値の実現であり源泉でもあるもの、すなわち「普遍性」、すなわち自由と理想、を見出し、「労働」価値説、労働疎外論へと赴く。

  人間がその生命活動たる労働の生産物から――人間の類的存在カから――
  疎外されているとすれば、そこからただちに出てくるのは、人間から
  の人間の疎外だ。人間が自分自身と対立するとき、人間に他の人間が
  対立する。人間とその労働、人間とその労働生産物、人間と当人自身
  との関係のありさまは、人間と他の人間との、人間と他の人間の労働
  および労働対象との関係に重なり合う。
   ―カール・マルクス「『経済学哲学草稿』第1手稿4.疎外された労働」
    長谷川宏訳岩波文庫P104

人間の「生命活動たる労働の生産物」に当然、食も含まれる。しかも食は直接に肉体を再生産し労働力を生産する。根源の中の根源といえようか。
その食から、人間が疎外されているとすれば、労働におけると同様にそれは人間の人間からの疎外であり、類的存在からの根源的疎外である。
しかもそれは他者との関係性においても疎外として現れる。

マルクスはその晩年、「ゴータ綱領批判」の中で「孤立して行われる労働(その物的諸条件が前提されるなら)は、なるほど使用価値は作り出すが、富も文化も創り出せない」と書いている。

  
※誤解のないように付記しておかねばならないが、マルクスは「労働」だけが価値の源泉だといっているわけではない。人間は自然に所属するその一部であり、自然は「労働同様に使用価値の源泉」であり、さらに自然こそは「すべての労働手段と労働対象の最初の源泉(ゴータ綱領批判)」だといっている。また「物的富はかかる使用価値から成り立っているのだ!」とも。




食からの疎外、人間からの疎外に抗して

工業化が強いる食からの疎外

食は、食の「工業化=商品化」とともに自然性を離れ、大地や海から離れた化学物質を含むようになり、農薬や添加物により発ガン性や催寄性をもつようになり、食べる人の目に見えないところで、知らない物質で加工され、大量生産大量流通され、価格だけで価値をはかられるようになり、疎隔された疎遠なもの、になった、であろう。
わたしたちは明らかに食から疎外されており、食はよそ者のように冷たい。

他者の関係性をも破壊する食からの疎外

しかもそれは他者との関係性においても疎外として現れる。
目に見える、直に自然と触れる食の直接性、自分で食事を作って食べる直接的有機的な労働生産物でなく、貨幣と交換されるものになったとき、食はわたしたちを離れ、わたしたちは共食共同体としての家族も、生存共同体としてのコミュニティも、根底的に喪ってしまった。

食と関係性の奪還へ

わたしたちは、切断された関係を回復しなければならないと思う。失われた食を人間の普遍性に取り戻していかなければならないと思う。
どう歩めばいいのか、あまりにもちっぽけで無力で無知なわたしたちは踏み迷う。
それでも、なにごとか「実践的活動」が自然との接点、すなわち食との接点、人間との接点ににつながり、自分を取り戻し、食を取り戻し、他者とも自然ともつながる関係性を奪還することにつながっていくのではないか、いくはずである、と信ずべき根拠がある。

わたしたちは、それを、地域に根ざして実践して行こうと、さりげなく決意している、であろう。

     ※     ※     ※

マルクスが、自らの自然哲学を総括している部分を抜書きしておこう。

  生産的生活は類的生活であり、生活を生み出す生活である。生命活
  動のあり方のうちには類の性格の全体が、活動の類的性格がこめら
  れている。そして、活動が自由で意識的であることが、人間の類的
  生活である。
   ―カール・マルクス「経済学哲学草稿」長谷川宏訳岩波文庫P100

生活ということばの美しさ。
生活ということばが人間の全行動をさして、このように美しく深く使われるのに私は感動したものだった。


  動物は、その生命活動と隙間なくぴったり一体化している。動物は
  生命活動そのものだ。たいして人間は、生命活動を意思と意識の対
  象とする。生命活動を意識して行うわけで、生命活動とぴったり一
  致してはいない。意識的な生命活動を行う点で、人間は動物的な生
  命活動と袂を分かつ。そのことによってはじめて人間は類的な存在
  だ。いいかえれば、人間はまさしく類的存在であることによって、
  意識的な存在であり、自らの生活を対象とする存在である。だから
  こそこの活動は自由な活動なのだ。この関係が、疎外された労働に
  よって覆されると、人間は、まさしく意識的な存在であるがゆえに
  かえって、生命活動というおのれの本質を、単なる生存のための手
  段にしてしまう。
   ―カール・マルクス「経済学哲学草稿」長谷川宏訳岩波文庫P100

若きマルクスが、人間を(フォイエルバッハの強い影響下に)「類的存在」と呼んだときの思考は躍動し、人間の生活を(モーゼス・へスの強い影響下に)「生命活動」と呼んだとき人間の全うすべきものが、手にとるように見えていたであろうか。

2010年11月23日

かわさき育ち野菜市の収穫 その2 28歳梅原正寿君の限りなく有機な畑と割に合わない農業

野菜市当日の18日朝、前日に積んだ鈴木七五郎さんの野菜をすくらむ21におろして、宮前の梅原正寿さんの畑に向かった。

到着すると、畑に出ていた。

向こう側半分2反あまりはすでに畑作は「手が回らないので」やめて、農協の勧めを受けて、みかんの木が植えられ、果樹園になろうとしている。
農は、基本的に自給自足であり、+αで商品農業である。だから果樹をやるのも真っ当である。
だが、腑に落ちぬ。
なぜやり慣れた野菜作りではなく、望んだわけでもない果樹に転作しなければならないのか…。農協のすすめと、わたしの感じはかみ合わない…。
でもわたしは当事者でもなく、農の公共性を共有するものとして、わずかに幻想的に関与しうるに過ぎない。しかしながら食と農の公共性が社会にとって、またその成員にとって不可欠の生存条件であるならば、わたしにもその公共性の分与に預かる一員として発語し、実践的に公共性を実現してゆく根拠があるのではないか、などと思って見る。
農の公共性とは、ずべての人間は食を通して直接的に農を非有機的身体として我がものとしており、そのようなものとして農を共有しているからだ、などと思いつつ畑を歩んだ。

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声をかけると、開口一番〜昨日雨だったもんで、採ってなかったんですよ〜、今から採りますから〜という。

俺なんて昨日、雨の中でどろどろびしょびしょになって採ったんだぞ〜と言って見るが、考えて見ればムリに雨降りの中収穫しなくても間に合いさえすれば良いのであるし、朝採りのほうがさらに鮮度はよいので、結果オーライと言うことに(^^ゞ
28歳で未婚の若い梅原さんは、幼時から農業を継ぐものと心得て、遠くの農業高校に通い、卒業後はずっと自宅で農業にいそしんでいる。
でも、自分の代ででもう終わりでしょうね〜と心細いことを言う。〜だって、割に合いませんよ〜、と言いはなって黙ってしまった。しばらくして、農業じゃ生活できないし、現実にはウチは家賃収入で生活しているし〜と、ぼそぼそ呟いた。

若い梅原君の呟きは、わたしを黙らせた。

まことに、農業は割に合わない。三崎のように3毛作4毛作で高収入を挙げているところもあるが、それでも割に合わない。農業を市場社会のものさしで測ればそのように言うしかない。
農業者は貨幣でない価値を受け取ることで生存できるようにならねばならないのではないか、とわたしは思う。少しの貨幣と、たくさんの貨幣でないもの、とで、自然性のうちにある人間一般は生存を図らねばならないのではないか、と、わたしは思う。それは協働であったり、市場社会からの謝礼とか贈与と言うような分配(所得保障のような)であったりするものだ、と思う。

     ※     ※     ※


まずは採ってきたばかりの白菜を車に積み込んだ。
手にもつとみっしりと重い。良く育っているな。
この時点で虫がぽろぽろ落ちる。
梅原さんは防虫剤散布を2度に押さえている。土作りの段階で一度、苗が若いときに一度、である。小さい時に虫にやられると苗ごとダメになってしまうからである。
また畑横で堆肥をつくり土作りに精を出す。
きっと、良い肥料ができているのだな。
虫食いだけど、低農薬・有機主体の肥料でみっしりと重い白菜。うまそうだ♪

それにしても虫つきのまま売るわけには行くまい。どうしようか、そうじしてから行こうか〜、いや現場にも水道はあるからそうじしながら売れば良いかな〜。早く着いたほうが良さそうだし〜と言うことでそのまま積み込んだ。

キャベツに朝露がたっぷり残っている。
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さっさとキャベツを切り出すと、やはり虫くいがある。こりゃそうじが大変だな〜と思ったが後の祭りだ。もちろん、みっしりと持ち重りがする、良いキャベツだ。

続いて、サツマイモ掘りにかかった。
つるはすでに刈り取ってあるので、あとは掘るだけ。これは手早くて助かる(^^ゞ
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あっという間に20本分の収穫終わり。
えー、これで20本分なの〜???40本はあるでしょ????
あー、いやー、ウチではこれくらいで20本です〜。
…???
あのーウチではこれぐらいのが1本で〜と大きめのモノを指す。
あとで重さを測ったら500gほどだった(^^♪
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巨大なものも含めて、大まかにテキトーに20本分のサツマイモ♪
これを「1本」130円ほどで売る予定。
お客様の喜ぶ顔が目に見える。
大急ぎで会場へ向かった。
(農家にとっては割に合わない話しではあるけれどね〜)

かわさき育ち野菜市の収穫 その1 75歳高山さんと85歳宮前区鈴木七五郎さんの雨の畑で泥んこになる割りの合わない話し

Uzumakiでは毎月第3木曜日に、高津区の男女共同参画センター(すくらむ21)の軒先でかわさき育ち野菜市をひらく。

わたしは、通例前日の昼頃、新丸子で自宅ガレージで「あきぞうの野菜」と銘打って、かわさき育ち野菜をとても割安価格で販売している高山あきぞう(明三、が正しい)さんと一緒に収穫に行く。
今月は16日火曜に17日の「かわさき育ち料理教室」のためにUzumakiファームの野菜を少し収穫したので、2日続けての収穫ということになる。

高山さんは、収穫を自分でやりたがる。モノを自分で確かめ、良いものを収穫し、不良品の選別を自分の基準でやりたいからだ。身についたプロ意識で、基本的に間に合わせや手抜きを嫌う。

わたしは、そんな高山さんと収穫に行くのが楽しい、のであるが、しかしこの日は気温10度ほどの雨降り。晩秋の雨は、さむい。
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到着すると、畑は無人。
この畑は85歳になる鈴木七五郎さんの畑だ。一方の高山さんは75歳(くらいだ。たぶん)。二人で160歳か。感慨を禁じえない。
いつも畑にいる七五郎さんだが、この雨と寒さに、さすがに引き上げたかもしれない。

高山さんは無言でさっさと準備して、雨対策にのろのろしているわたしを置いて、とっとと一輪車を押して大根とりに行ってしまった(^^ゞ
(左の温室のかげに消えようとしている!)

この日の予定は大根、蕪、にんじん、小松菜などをとることになっている。

大根は良く実って、葉を広げ、いっぱいに雨水を溜めている。さながら大根の海のようである。
畝の間に分けいったとたんにすでに全身びしょびしょだ(-_-;)
しかし、濡れてしまえば覚悟も決まる。
大根の海を泳ぐようにしてとにかくも20本の立派な大根を収穫♪
(作業後にやっと一枚撮影。作業中にとても写真を撮る余裕はなく、カメラを出したら、その時点でカメラもびしょびしょ、どろどろになることがわかっているので、うかつに取り出すこともできない、のである(^^ゞ)
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採った大根を、道路際まで運び、丁寧に並べる。
ありゃ、高山さんのズボンがびしょぬれだ(当然では、あるが(^^ゞ)
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葉を縛り、新聞紙本体を包み車に並べた。
紐で葉を縛っている段階で、指が冷たく、うまく動かない。

続いて小松菜だ。
これが一番きつくどろどろの作業だった。

わたしは泥がつかないようにはさみで根を切って収穫しようと提案したが、高山さんは〜前山さんが泥つきで抜いて、わたしが根を切りながら量るよ〜、そのほうが早いよ〜、と譲らない。
さらに、一把分ずつ量りながら籠に詰める、と言う。寒い雨の中である…。
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わたしは、手も、上半身もひき抜いた小松菜の根についた土でどろどろになりながら、大きそうな小松菜を探して採った。高山さんは、たぶん、指先から足元から伝わる寒さをこらえながら黙って作業を続けた。
小松菜400g×20把を採って量り終えるのに4〜50分ほどもかかったであろうか。わたしは寒さと中腰姿勢からくる腰痛がつらかった。

しかしこの小松菜を明日は1把100円で売るのである。20把売り切っても2,000円でしかない。収穫作業の手間賃くらいなものだろうか(わたしたちはボランティアだから、手間賃いらず、だけれどね(^^ゞ)。土作りからの労力や資材、肥料代など考えたら1把300円くらいでやっととんとんか、と思う。生活費や何か考えたらそれでも足りない。割に合わない、とはこのことであろうか。
どこかに鬱憤を吐き出したい気持ちになった。

大根20本を新聞紙で包んで並べた上に、クッション材の新聞紙を丸めておき、その上に葉もどろどろになってしまった小松菜を積む。
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新聞紙を多量に持ってきたのでさらに小松菜を包むように新聞紙をかける。

このあと蕪も20把作ったが、気がせいて、写真を撮り忘れた。ほんとに作業に没頭してしまったのである。

にんじん畑である。
七五郎さんには妙なこだわりがあって、畑はいつもきれいでなければならず、収穫は端のほうからきれいに順番にしていかねばならない。間を抜いて収穫していると、ちゃんと端から採れよ〜と来る。下葉などを散らかしていると、きたねぇ仕事しやがって〜とべらんめえで叱責される。
畑に関しては、とても几帳面なのである。(そのほかは知らない)
これじゃあ、しかられるな〜と高山さんが呟いた。七五郎さんにとっては75歳の高山さんも、わけえもん、である。
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今年は猛暑のせいでにんじんの出来が悪い。
長さが伸びないもの、根が大きく割れているものが目立ち、収穫しても半分くらいは売り物にならない(>_<)。
不可、のモノを除外してもこんな感じである。
10把分採るのに3倍近く掘ったであろうか。割に合わない、の極みである。
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道路際に並べて、4本ずつに結んだ。
これを、明日は確か140円くらいで売るのだ。ちょっと悲しい。
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1時半から始めて、4時頃終わる頃には、すっかりからだが冷え切って、上着はどろどろズボンはびしょびしょ、である。

上着を脱ぎ、手を雨水で洗い、車に乗り込んで、思いっきりエアコンの温度をあげた。高山さんはにっこりして、寒かったね〜と言いながら、いつものキャンディをくれた。
ほっこり、である(^_^)v
(割りに合わない、話しでではあるけれどね(^^ゞ)

2010年08月23日

8月18日かわさき育ち野菜市の収穫 アキゾーさんの元気の素とプロ魂に触れる@宮前区鈴木七五郎さんの畑

記事にできないでいたことをいくつか拾って、書き留めて置くことにしよう。

18日水曜日、翌日のかわさき育ち野菜市のための収穫。
13時過ぎ、新丸子の「Uzumaki最長老」高山さん宅へ。
高山さんは、都心のシティホテルを定年まで勤め上げ、だいぶ前にリタイアした。
その後長年連れ添ったご夫人を失って、病気になりそうなほど落ち込んでいたときに、地元の幼馴染みの農家のよしみで、地元野菜の直売を強くすすめられ、自宅駐車場の一角で現在の「アキゾーのヤサイ」を半ばほどはしぶしぶ始めた(らしい。一度聞いたきりなので、結構アヤシイ)。
始めて見ると、小さな販売所だが、近所の人が馴染みになり、「地域」を実感し、予約も入るようになり、知らず知らずにだんだんとあれこれ工夫をしたりするようになり、体力の要る宅配すらも始めた。
つまり、高山アキゾーさんにとって、ヤサイは元気の素、なのだ。
(さらには私事に渉るのでなんだが、といいながら書いてしまうが、今日では、再婚もされ、町会長も務めている元気ぶりだ(^^ゞ)

「昨日畑へ行って見たけど、なんにもないんだよ〜」
「まあ、いって見て決めましょ。畑は一日で様子が違うこともあるから〜」などといいつつ畑へ。

ついて見ると、85歳の七五郎じいちゃんは元気だが(スミマセン、今回はお尻だけの出演)、なんだか空気が閑散としている。
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確かに、畑は端境期で閑散としている。
胡瓜とトマトが鈴なりに成っていたハウスは全部整理され、秋植えのための土壌消毒中だった。
すべての株を根こそぎ抜き取り、いったん耕し、土壌深くまで湿らせるために散水する。そして土壌消毒剤を散布し、再度耕し、寝かせ、元肥をいれ、寝かせ、秋ものを播種または定植する。
植え付けは9月に入ってしまうかな〜。
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たくさんのキャベツとジャガイモが育っていた辺りも、今は何もない。
もう2ヶ月は立つ葱もまだまだ小さい。
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いまは、茄子とピーマンなどがあるだけだが、それも終わりに近づいている。
茄子は出荷かごの大きいのに2つほど、採っておいてくれた。インゲンもバケツに2つほど。
自分たちで、ピーマンを急ぎ採って見た。

高山さんは、木陰でインゲンの選別を始めた。
選別は3種だ。1商品になるもの2小さいとか形が悪いとか商品にはならないが自宅用なら食べられるもの3虫に食われたとか実が入っていないとかで廃棄するもの、である。
見ていると、半分以上がすてられている!
見かねて、これはいいんじゃないのぉ〜と一見よさそうなのを手に取って、口を出すと「ダメだよ、そんな白いの、ほら、実が入っていないよ」とにべもない。
「信用というものがあるからね〜、やっぱりそういうものは売っちゃいけないんだよ〜」とやさしく諭してくれる。

この人は自分の仕事に誇りとこだわりを持ち、いい加減な妥協はしない人だ。プロのホテルマンとして培ってきたプロ魂、であろうか。
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茄子も、株が古くなって(終わりに近くなって年老いたので)、ヒネテしまうものが多い。着色が薄い、形が悪い、実がきちんと熟さない、などである。虫が入っているもの多く、結局半分も売り物にならない。
こちらは、自宅なら、といような半端な選択はなく、売り物にならないものはすべて廃棄である(-_-;)
手前のかごは廃棄。向こうのかごはOK、である。
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こちらは廃棄さなかっれた茄子の山、のほうである。
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2時間ほどで作業完了。
わずかになった、茄子とインゲンと、はじめからわずかしかないピーマンをもって、帰途に着いた。

高山さんと何度も通った畑への道を走った。
アキゾーさん、これからも、何度もなんども、いっしょに行こうよ。
何度もなんども、プロ魂見せてよ〜。

高山さんは、「このインゲン、家で食べなよ〜。味はいいんだよ〜」と1kg程はありそうな、自宅でならOKに分類されたインゲンを、全部持たせてくれた(楽しみ楽しみ(^.^)/)。

高山さん、鈴木さん、いつもいつもありがとうございます。
posted by foody at 07:53| 神奈川 ☀| Comment(0) | Uzumaki 食の安心・安全 行動提起・実行グループ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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