2013年04月08日

2013年3月11日の小机ファーム その2サトイモとしょうがの掘り出し、自然と人間の関係

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言い訳を済ましたので、大急ぎで農園ブログを書こう。何とか現実の時間に追いつきたい、のだが。
埋けて置いたサトイモ5袋が顔を出した(^^ゞ
大体5kgくらいかな。
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続いてしょうがも掘り出す。
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全部を並べてみた。
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ヤツガシラが少し腐ってしまっていた(ーー;)
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ほかは何とか大丈夫そうだ。

続いて、土作りだ。
ジャガイモを植える予定の6〜9番の内、遅れていた7番と9番の第1耕。
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奥のほうの、大根や蕪のあとの15番と16番もやっと第1耕。
でもここは、ナス科のものたち(トマトやピーマンやナスなんかだね)を植える予定なのであまり急がない(^^ゞ
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いつもながら第1耕は、固くなった通路の土を耕すのに一苦労だ。
小一時間ほどもかかってやっとのことで終えた。
(また筋肉痛かな〜(~_~;))

一仕事終えて、先週播種した葱の苗床のビニールトンネルを捲ってみた。
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どうも乾いているような気がしてならない。
どうもタイミングが悪かったのだ。
晴れて強風が吹いて、畝の土が乾ききっていたような気がする…(ーー;)
一雨くるのを待ってから、播種すればよかった、のだきっと…などと、思いは千々に乱れるのではある。
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断定するにはまだ早い。発芽まで10日くらいはかかるから、もう数日待とう、待つのだ、と言い聞かせながら、水遣りをした。
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判断が甘かったのだと、忌々しく反芻する声に耳を覆うようにしてそそくさと帰った。

     ※     ※     ※

要するに、自然との付き合いも、本質的にギャンブル=賭け=実存論的企投(命がけの飛躍!)であって、それは人間が行う欲望(欲動)実現の「行動」の本質的契機を成す、であろう。

しかし、人間と自然との関係は根本的に自然からの贈与であってその行動の原理はどこまでも実存論的に一対一で自然と向き合う。
そして自然にははじめから従うしかないのである。そこでは希望にははじめから絶望が含まれていて、生にははじめから死が含まれてある。存在は転倒しようがない。

市民社会=市場システムにおける行動がほぼ等価交換的=商品交換的原理(一対一を装った一対その他=貨幣の物神化=支配・監視・疎外システム)を成すのと大きく色合いが違う。
存在が、貨幣と権力や(言語)などの社会システムによって自己の社会関係を転倒しうる(自己意識の自由)と錯覚するように、人間同士が作り出したものでありながら貨幣と権力と(言語)が存在を転倒するのである。


    ※     ※     ※

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