2013年01月28日

2013年1月27日のUzumakiファーム その1最大級の寒波、ビニールシート剥がれる〜絹さやとソラマメ、マルチ剥がれる〜玉ねぎ、泥濘の道〜梶井基次郎と近代精神の強靭な弱さ

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またまた寒波襲来で今度も、この冬最大級とか。
予報は最低気温1℃、最高7℃。
関東が晴れると、冬晴れの空の向こうの山の向こうでは、大雪が降る。
朝10時ころ到着。
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先週はまだ大量に残っていた道具小屋予定地の雪も完全に無くなっている。
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温度計は10時を過ぎているのにまだ1℃(~_~;)
しかし日が出れば体感温度はどんどん上がる、ハズ。
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5番のイチゴの畝のビニールトンネルが剥がれてしまっている(@_@;)
25〜6日に吹いた風でやられたのだろう。
先週、雪で潰れていたのを、直したばかりなのだが、な〜〜(T_T)
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南側、豆類の畝は完全に露出している(ーー;)
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絹さやの小さい苗がマルチだけの保温で、寒気に耐えている。
ここは幸い霜柱は立っていないので持ち上げられてもいないし、苗も元気なので凍ってもいないようだ。
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ソラマメもしっかりしているように見える。
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10番の玉ねぎのマルチングの北側(手前)と西側(右側)が土から抜けてしまっている(>_<)
確か年末に、シートの上に土を載せて補強したので、捲れ上がってはいないし飛んでも行かなくて、助かったともいえるが〜。
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畑の中の道は霜柱が溶けたどろどろの上を人が歩くので、でこぼこになっている。
昔の道はこんなところが、けっこうあった。
雨が降れば(雪や霜柱が溶けても)、道というものは泥濘なのである。
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泥濘というコトバに惹かれ、またこの光景に惹かれてしばらく見入った。

梶井基次郎は24歳の年に「檸檬」「城のある町にて」に続いて、「泥濘」(でいねい=ぬかるみ)を同人誌『青空』に発表した。
「泥濘」は自分自身を決定できず、自分をつかみきれず、焦慮の内に沈潜する自分を見つめた「近代」の青年期の、たぶん男子に特徴的な、心情と感覚を素直に書き綴っただけの作品だ。けして文学的にも思想的にも深くないし、特に優れてもいない。
しかし自分自身を「泥濘」と言い切る屈折して退廃した精神のありようは、近代というものが強いる共通の感覚である。社会と個人は分離し、個人は孤独の内に泥濘の自分を抱え込みながらも社会へと相渉らねばならぬ。人はこのように精神を引き裂かれる。
資本主義近代に生きる個人は、弱ったとき、疲れたときにそのように引き裂かれた自己の「初源」へ帰るが、それはやりきれない弱い自分である。
梶井はそのような自己というものを冷たく描いているのだ。弱った近代人は梶井の文章にいわば最鞍部の自己を見出し、慰安とするようだ。
(井伏鱒二も、埴谷雄高も、吉行淳之介も、伊藤整も、武田泰淳も、吉田健一も、三島由紀夫も、中村真一郎も、福永武彦も、安岡章太郎も、小島信夫も、庄野潤三も、開高健も、そうだった、と思う)

しかしこのやりきれない弱い自分は、近代という時代の病理を投影しているのであり、それをそのままで見つめ描き出すいかにも弱そうな自分は、しかしそのままの位置と姿勢で時代に対する「批判」でありうるし、そのような位置と姿勢から武器をつかみ出し、つまり弱さをこそ力に変え、そのような位置と姿勢を持続しうる稀有な強靭さを持ち合わせてもいる。
そのようにしか、思想は強靭にはなれない、のだ。

     ※     ※     ※

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