2012年07月30日

2012年7月28日のUzumakiファーム その2無くなったものA〜神津さんのローズマリー・シュンラン・ジュズサンゴ、にんじんの草取り・種まき、モロヘイヤの移植、大地に注ぐ透明な感情の水

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一回りして、作業開始。まずは発芽した人参を点検する。
寒冷紗のネットを開いてみると、思ったほど苗は大きくなっていない(ーー;)
おまけに、どうも発芽していた幼苗の1割くらいは、猛暑で枯れてしまっているように見える(>_<)
さらには、人参の苗より成長スピードの速い雑草たちが伸びている。
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今日も、草取りから、だな〜(^^ゞ
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     ※     ※     ※     

そこへ、到着した神津さんが、ローズマリーがなくなったよ〜!!!!の一声だ。
え〜、と声を上げて畑の入り口の花壇へ行ってみる。
確かに、入り口にしっかり根付いていた門番みたいなローズマリーがないではないか(>_<)
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先週、神津さんが2日がかりで雑草を整理し、丹精した花壇の、写真で言うと左下のぽっかり空いたスペースが、ローズマリーのあったところだ。
よく見てみると、そのほかにもシュンラン一株とジュズサンゴ一株が失われている(ーー;)

失われたジュズサンゴと一緒に、6月23日に神津さんが植えたなでしこ。
P1350715.JPG

だれか心無い人が、持ち去った(というか、そうなら、犯罪なのだが)ものだろうか、とオザキさんも駆けつけて、口々に忖度する。
所有は排除を生み、排除は闘争を生む。
西欧近代は、これに「所有」の徹底した擁護を「法」制化して臨み、このシマグニでは「心無い」というような情緒的な倫理観を持って対処してきた。
近代−現代社会では、所有はすべての基礎だが、自然の中では所有は時として自然によって蹂躙される。
みなでなくなったものはしょうがないよ〜と、このシマグニ的に「しょうがない」の自然性の理屈を口にしつつ、「他者」への非難を腹に収め、
また植えればいいよ〜と、自然の懐へ収まることにした。

わたしは、ローズマリーの種をまいて苗を作ろうと思った(^^ゞ

     ※     ※     ※

もう一度、気を取り直して、にんじんの草取りをし、補充の種まきをした。
モロヘイヤも全体の配置を考えて、2株ほど移植した。
仕上げに、たっぷり水をやった。
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無くなったもの、に捉われ、行き場のない憤りのような感情を底のほうに飼いならしながら、
目睫の在るものに、それでも思いを注ぐ。
モンスーンアジアの東北の果てで、わたしたちは透明な水のようになった感情を大地に注いだ。


     ※     ※     ※

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posted by foody at 06:33| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Uzumakiファーム2012 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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