2011年12月12日

12月10日のUzumakiファームその2 美しい農作業風景、ヤツガシラ、人参

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霜柱が溶け出しては、泥んこになってしまう。
出来るだけその前に、ということで、まずは収穫作業で一番手間のかかる、遅くなっているヤツガシラの掘り上げだ。
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朝の弱い光が木の枝を通して射しかかる。
剣先スコップが一本しかないので、高瀬さんが、小さな移植ゴテで掘りはじめた。
地表は凍っていて、がりがりと音を立てる。
(凍っているのは地表だけ、霜柱の下は今までどおりのやわらかい土だ(^^ゞ)
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凍った表土(ほぼ霜柱、ね)を取り除き、いもをほりあげる。
みんなで茎といもを切り分け、芋の根を切る。
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続いてすぐに、残っているハンパ人参をほりあげて終わらせる。
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掘った後の畝からネットを取り外してたたみ、支柱を抜いてそろえ、またの活躍の機会までしまう。
畝は朽ち葉や雑草を鍬ですきこみ、次の春作まで休ませる。

デジカメを忘れて、携帯で撮っていたが、どうしたものかこのときだけソフトフォーカス(って、ピンボケなんだけど(^^ゞ)になって、ミレーの絵を思わせるような(?)美しく幻想的な農作業風景になった。
P1002829.JPG
自然に働きかける人間に、こたえるように自然が働きかける、その相互性において、この美は現出した。その美的属性はひかりや、色彩や微妙な空間性(構図、ていうやつね)となってここに一瞬定着し、わたしはそれに遭遇する僥倖を得た。
ありがとう、と書いておこう。

     ※     ※     ※    

美とは何か、と思ってみて、わたしはシラーを思い、中井正一を思い、した。
そのほかのいろんな人やことを思い、呆然と時を過ごした…。

美は自然と人間、人間と人間の交通の中に、あるとき動的に体現される貴重でかけがえの無い生の歓びだが、厄介極まりないものでも、あるだろう。
美は人間を、個人へ冒険へ、逸脱へ、死へと駆り立ててやまない。
あるとき自然と交通する中で見出される自然の美は、人間を共同体の秩序に回収し、宗教へ、死へと回収される。
ときに、自分と自分との交通に見出される美は、一足飛びに極限へと昂まり、散って、しまう。

――ああ、美学偏重とはわたしではないか、と…。

    ※     ※     ※

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posted by foody at 09:21| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Uzumakiファーム2011@宮前~無農薬有機農法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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