2011年11月10日

11月5日のUzumakiファームその1 稲荷坂からのパースペクティヴ、完全発芽♪

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思いついて、いつもの平坦な道ではなく、山上の道を通って畑へ向かった。
山上の道は、昔から中原街道と大山道を結ぶ「横大路(よこおおみち)」といわれる幹線道路だった。昔の幹線道路ということは、集落の中を通る村道であって、両側には畑であっただろう「谷戸」地形がある。この道は今でも昔の(江戸期の、ね)風情を残しており農家風の家が点在する中を縫うように平坦な武蔵野大地の上を曲がって走る。道幅は今でも、車一台がやっと通れるほどのところが多い。

海抜47mの山上から海抜20mの鷺沼から続くバス通りへ、200mほどの距離で一気に下るジェットコースターのような急峻な稲荷坂の上から南西方向を望む。
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ブロッコリー畑のはるか下の谷間をバス通りと川が走っているが、坂が急なのでとても見えない。
川を渡った向こう側は、横浜市になり北山田の山の上に港北ニュータウンの町並みが続く。
中央奥に見える巨大な円盤のような屋根は、横浜国際プールだ。

野川の山から稲荷坂を下った、横大路は川を渡って、打越(おっこし、と読む)の交差点から西へ曲がり、東有馬、有馬と村々を縫って大山道へ続いていた、と思われるが、今は「田園都市」と称する東急の住宅地開発などによって跡形もない。

ファームの畑へは、打越の信号から、東有馬の昔の村道、山道を歩いて5分もかからない。

到着するころ、低層の層雲の千切れ雲の間から陽がのぞいた。
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急いで、29日に播種したモノたちを見に行った。
2日には発芽していたが、より多くびっしりと発芽し、発芽したものたちはもう「芽」から「苗」に変わりつつある♪
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きっと江戸時代にも、この畑で、このような葉菜たちがこのように芽を出していたのだろう。
そして、そのときその場所のゴンベエさんか誰かとその家族の命を養っていたのだろう。

道は、途切れても、いのちは続くのだ、な。

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