2011年10月25日

10月17日18日結いの里交流その1 行きがけの駄賃?新潟県bP蕎麦「長森」@八海山その1 風土に根ざして市場社会風にあしらう、現代的土着(環境・空間)

10月17日と18日Uzumakiのメンバー計4人(メンバーの詳細はまた後ほど)で新潟・十日町の結いの里を訪問した。

とはいっても17日は、結いの里の臼井さんが不在で、新潟魚沼地方不案内の3人にまずは魚沼良いところ、をPRしておかねばならない。それがコーデイネーターの使命だ、と信じることにして出発した(^^ゞ

南魚沼、八海山

9時30分をすぎて武蔵小杉を出発して、環八のいつもの渋滞に苦しみ、関越道を普通に快適に飛ばした(^^ゞ
1時30分までに目的の、新潟県bP評価の蕎麦店、魚沼市の「長森」へ到着するために、である。
その甲斐あって13時20分ごろにはめでたく到着。ふぅ〜間に合った(^^ゞ

住所は南魚沼市長森だが、昔の六日町というほうがぴんとくる。平成の大合併でぴんとこなくなったところのひとつだろう。
越後三山のひとつで、霊山と崇められてきた八海山の麓というほうがふさわしいか。
八海山は標高1778m、日本200名山のひとつだとか。
3年ほど前に一度、山頂近くまでいったことがある(ロープウェーでね(^^ゞ)
もちろん山頂付近は夏でも冷涼にして、稜線は険しく巨大な岩塊が突出する男性的な山で、初心者にはとても歩けない。

写真を撮り忘れたので3年前の写真でお茶を濁しておこう(^^ゞ
P1040560.JPG

八海醸造

八海山の麓はもちろん、いまや高名なブランド酒となった清酒八海山の里でもある。
長森は、清酒八海山(グループ)の経営だ。
(八海山は1970年代からの「端麗辛口」といわれる越の寒梅に始まる2度の地酒ブームを経てすっかり有名になった。もちろんそれ以前は日本酒らしくない日本酒、であっただろう。新潟では、売れなかったと聞く)

今日では、有数の人気を持ちながら少量生産を守り、安定した醸造技術を持つ蔵元として、また地ビールや焼酎へと多角化し、観光や飲食を併営するいわば第6次産業化した蔵元である。そのありかたは全国ブランド化したブランド力を背景に大量生産に踏み出す経済力を持ちながら、世界市場への「離床」を放棄し、地域社会の一員としてあり続けようとしている、ようにも、見える。少なくとも、拡大よりは持続に舵を切った、というような…。

魚沼・八海山麓という風土こそが八海山を生み出したのだという簡明な事実の重さをわたしたちは思う。
あるいは食(つまり飲も酒も)というもの、したがって自然性としての人間の、風土性・土着性というものを思わずにはいられない。

清酒八海山は、は八海山麓に端を発し、今日では旧六日町現魚沼市五日町地区長森に数ヶ所の拠点を置く。
(六日町は地域名であり、行政組織名でもある。町制を布いていたころの六日町は町村制から言えば「六日町町」となるべきところを自治体名としても「六日町」とした。市制を布けば十日町がそうであるように「六日町市」となる)

「八海山」の醸造会社である八海醸造株式会社本社醸造場があり、吟醸酒など高級酒を醸造している。本社に程近いところに本醸造酒・普通酒など定番酒を醸造する第二浩和蔵と、酒と食文化のコミュニケーションスペース「八蔵」と、新潟県内1との声もあるそば屋長森の「魚沼の里」がある。
少し離れた魚野川沿いに地ビールを醸造する「泉ヴィレッジ」があり、さながら八海醸造村、である。

魚沼の里

正面の壮大なそば屋長森をめざして、駐車場から歩く。
長森は、3年ほど前まで「岡寮」という名前で、別のところにあった。そのころ、わたしは一度訪問したことがある。「魚沼の里」という複合施設のひとつのキイとしてこちらに移転した。
右手が八蔵。後方が第二浩和蔵。
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空間

造園は山すその広葉樹林を意図したかもしれないが、まだ森というには幼く、庭木は若く弱弱しい。
上昇志向の貴族的または武家的な伝統和風庭園でないところがむしろ清清しく、この会社の凛とした土着志向の思想性というものを語っているかもしれない。

巨大な店舗は、豪農風、を想像して作ったとしか言いようがない。巨大だが作り方は昔の農家っぽく、質実剛健、民芸運動に通じるシンプルな用の美しさ、またはモダンナイズされた庄屋風といってよいか。
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この建物に似つかわしくない玄関。にじり口のような、はたまたかつての飲食店営業許可を取らない時代の九州の角打ち(酒屋の立ち飲み)の入り口のような、モジュールダウンした意匠だ。中の玄関スペースもとても狭い。
狭き門より入れ、というような意匠なのか、単なるギミックなのか、意外性を狙わざるを得ない、飲食店というもののトリックスター性を感じさせる。

水山さんが、身をかがめて入った姿勢のまま狭い玄関で靴を脱ぐ(^^ゞ
P1290974.JPG

玄関につながって、そのまま広い30畳ほどの通路兼板の間がある。
囲炉裏が切ってあり、なぜか床の間もある。
土間の様でもあり、茶の間(囲炉裏の間)、でもあるが、土間にも茶の間にももちろん床の間などはない。
この床の間は単に視線の行き場を受け止めるための演出であろうか。
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わたしは、一瞬、土間にして、農具でもおけばよいものを、と(通俗的に)思ってしまう、が、どうもこの囲炉裏に床の間という意匠は、微妙なところで単なる懐古趣味を「民芸」的にモダンナイズしているように思える。

店内は外観同様の豪壮なゆったりしたモジュールで、(モダンナイズされた)農家風のつくりの店舗。
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100坪以上はあろうかと思われる店内にわずか40人くらい(この「くらい」というのがそもそも都会ではありえないくらいテキトーで、市場的都市的企業的近代的効率主義を、逸脱している)しか席がない(@_@;)
天井も高いが、この辺の大きな農家住宅では間々ある程度の高さだ。天井が高いだけで夏涼しい(冬は寒い)。

岡田さんが足に持病を抱えているのでいす席でくつろぐ。
P1290976.JPG
しかし、この和風モダンは実はこの土地の風土に根ざしているのでもなんでもなく、いまは全国各地のそば屋や和食やで共通に見られるパターン化された伝統和風の商用化精神に過ぎない、かも知れない。

しかしながら、そんなに軽く皮相に事を収めてはいけないのであって、ここにはまさしく風土に根付いてしかしながら市場社会に翻弄されて、それなりのあしらいを生きるために強いられる現代的土着の姿がしっかりと定着されているのだ、というように思えた。

     ※     ※     ※

■そば屋長森

新潟県南魚沼市長森415-23
025-775-3887
[月〜金] 11:00〜15:00(L.O.14:30)
[土・日] 11:00〜19:00(L.O.18:30)
ランチ営業、日曜営業
HPはこちら




posted by foody at 21:56| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | おいしい店(川崎/横浜/そのほか) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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