2011年10月07日

10月7日本日のUzumakiファームその2 うまくいかないもの〜 エロス性の「根源」としての自然の不合理・不条理

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実は、うまくいっていないものもいくつもある。
3番4番(人参のとなり、ね)ののらぼう菜と紫高菜の畝。
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右側ののらぼう菜はきれいに発芽しているが、紫高菜はまだまったく発芽しない(ーー;)
28日の播種だから日数的にはもう発芽していなければならない、ハズだ。
現にのらぼうはきれいに発芽しているのだが、な〜〜〜。
播種の仕方、深さ、覆土の厚さ、鎮圧の強さ、その後の天候、気温…、さらには種がまずかったか…、と近代的に分析的に思ってみるが、思い当たる節はない。
どうしたものか、思案投げ首だ(ーー;)

のらぼうと同居しているジャガイモ(^^ゞ
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しばらくこのままにして様子を見よう、と思うのだが、どうだろう。

茄子は、元気を取り戻したかには見えるのだが、やはり成長速度が遅い。
もう終わりが近いのだ…。
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生きているかと思っていた枝が、実は折れていて次第に弱ってくる、というのも多い。
台風の被害も、見積もったより多かったようだ(ーー;)

25番の大根。9月28日に、台風で傷んだところに種を押し込んだのだが、種を入れたところは発芽しているが、生き残ったかと思った苗が枯れ落ちている。5株ほどはだめだろうか(ーー;)
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枯れ落ちた大根。
もしかして、日照ではなく、根きり虫か何かだろうか。
だんだんそんな気がしてきたゾ〜(ーー;)
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元気だと思っていたピーマンの枝が、折れてなくなっている(ーー;)
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自然には、わたしには理解できないことが多い。
きっと、これからもずっと、なのだな〜。
祈るしかない、ということなのかな〜(^^ゞ

     ※     ※     ※

近代精神は、自然を部分に分解して、合理性、というものに還元して世界を制覇しようとした。
方法的制覇、というものだろうか。
その精神は市場社会というものを形成してゆくダイナモ(エロス的=個体的本質)でもあっただろうか。

しかしそれは、世界の半分について適用できるに過ぎない。

自然は、あらゆる生命と富の源泉でありながら(=自然性というものだ)、しかし、そのことにおいて同時に不合理な面を持ち、しばしば惨く苛酷だからだ。(おう、それは市場社会でも同じだ。フィナンシャルキャピタリズム、でも、人間と人間の関係性でも、したがって、同じだ)

なおわたしたちは自然性に生まれながら、その自然性とエロス性に引き裂かれて、したがって共同性に生まれながらその共同性と個体性に、引き裂かれて生きる、のだ。

    ※     ※     ※

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posted by foody at 21:57| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Uzumakiファーム2011@宮前~無農薬有機農法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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