2011年03月23日

織茂さんのEMボカシを受け取りに〜春は名のみの風の寒さ〜ごうまんが招く食の危機・社会システムの根底的危機・市場と自然とのバランス

地震・原発・食の危機

気温低く、春は名のみの風の寒い日が続く今日、織茂さんにお願いして織茂さん自家製のEMボカシを分けてもらうことになった。

大地震の被害はなお拡大し、原発の事故状況は一進一退しているようにも見えるが、静かにその本質を露呈し、ついに食の危機におよび、危機は根底的に深まっている。野菜類、水道水の汚染進行によって食の安心・安全は根底からその存立する基盤を失いつつある。(正しくは、すでに基盤を失っていることが露になりつつある、のだが)
  ※念のために書いておくが、わたしは出荷制限・摂取制限が指示された
   野菜類・原乳には、現在の放射線量では、まったく危険はないと考えている。
   食品類の安全性を侵すのは市場社会の原理だと言いたいのであり、
   福島第1原発事故にそのことが集中的に現れている、といいたいのだ。

   厚労省の「暫定基準値」は他者は縦横に踏みにじりながら、自分だけは
   踏みにじられまいとする人間のごうまんさが招いたおびえ、である。
   自ら作り出した「異物」であるところの原子力=近代科学主義におびえながら、
   自らだけは安全のうちにいられると考えるものの傲慢である。   

食の安心・安全の拠って立つ基盤とは、自然性のうちに生きる人間は、その肉体的生命を自然性のうちに回収すれば生命として自律するということだ。
しかし、原発事故は自然のうちに生きるものを外部から横殴りにして、物理的にも社会システム的にも、生命の自律性を破砕した。食の安心・安全が根底から脅かされるということは、生物としての人間の存在もその生存システムとしての社会システムも、根底から危機に直面しているということに他ならない。
ここには人間が生きる秩序とか構制とか言うものについての、深い示唆がある。
再建や復興というような単線的な展望はますます遠のいているように見える。世界は自ら「進歩」することによって獲得した原子力の恐怖におびえ、恐慌に陥っている。「ごく安全な数値」でありながら出荷停止や、摂食停止を発動するような脆弱な社会システムは、根底的に何かを誤っている、と書いておこう。

わたしたちは、市場社会=近代科学主義の自己増殖をどこまで押し返し、非市場社会とのバランスをどのようにとるべきか、重要な決断の時期にいるのではないか。
あるいはこのような決断をあるタイミングでしなければならないような価値や思考の転倒した世界と決定的に訣別するときなのではないか、と思えてならない。

人間は、内部の市場性について寛容であり過ぎた。または希望や幸福や夢や科学というような近代の幻想に過ぎないものを社会的レベルでもてあそび過ぎた、とも言えるかもしれない。

     ※     ※     ※

こころ寒く、春は名のみのこのごろで、ある。

織茂さんはかつてブログで取り上げた。
記事その1その2その3その4その5
ボカシはその3に記述している。

織茂さんは、EM自然農法への切り替えと同時に自らの身体の危機を体験し、乗り越えた。
(そのへんの話はその5である)

乗り越えて、今では、ごく少量の自家製有機肥料を使うだけで、立派なしかも美味しい野菜を作る。

織茂さんのボカシ肥料の製造保管倉庫。
P1002094.JPG

中には巨大なプール様の容器があって、1年物のボカシが寝かせてある。
NEC玉川事業所の食物残渣を使って作っているものだ。
覆いを取ると、甘酸っぱい独特の発酵臭がする。
濃くて、重そうだ。
P1002095.JPG

そうだね〜、元肥は、今は1uに500gぐらいかな。追肥はほとんど要らないな〜。ゆっくり効いて行くからね〜。

今では20mぐらいの一畝に、バケツ一杯で済ませることもあるという。
P1002096.JPG

言いながら、織茂さんはボカシを量ってくれた。
P1002097.JPG

EMは結構力強いよ〜、土が変わるから、作物の吸収する力が強くなるんだな〜。
最初は土の栄養も、残っている肥料も、どんどん吸うから、栄養過剰になるんだよ〜。
最初はそれで失敗する人が多いよ〜、とのこと。
最初にuあたり700gほどのEMボカシに加え、uあたり1ℓのEM活性液(吉田さんの特別製で、光合成菌を特に強化してある)を散布した。この前のにんじん植え付けでは、甘酸っぱい発酵臭がはっきりと、かなり強く、した。
(強すぎるかな〜〜〜???)

しかし、わたしたちの畑は2年間休耕し雑草地だったし、その前は施肥の少ない(であろう)ジャガイモ畑だったのだ。
そういうと、織茂さんは、う〜ん、それなら、様子見ながら、ちょっとずつでいいんじゃないかな〜だった(^^ゞ

わたしは30kgほども、と考えていたのを、15kgでいいことにした。もちろん「ちょっとずつ様子を見ながら使う」ことに変更したから、である。
P1002098.JPG

15kgのボカシを受け取って降ったりやんだりの寒い、風の寒さの中を帰途に着いた。

     ※     ※     ※

織茂さんの体も畑も今は、自然の懐のうちに帰っている。
自然農法をつらぬくために、しかし、現実には市場社会からのいわば贈与に依存せざるをえない。
ウチは兼業農家だから、といった織茂さんの顔が印象的だった。

農業と同じほどの収入が、副業(経済的にはどちらが本業か分からないが、精神の上では、明らかに農業が本業だと思われる)からあるから、市場の慮外で、自然農法で、しかも直販だけで農業を続けられるという、この転倒。
軋む風の寒さよ。






posted by foody at 23:25| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | uzumakiファーム2010@都築の丘 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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