2011年03月14日

巨大地震その2 国民国家はどのように廃棄されるか 巨大地震に対応できない東電・鉄道・報道の解体状況

生活を守ろうとせず責任回避を図る東京電力

東京電力が13日夜、首都圏での計画停電の計画を発表した。
東電の供給エリアを5つのグループに分け14日(本日)から、順番に一定の時間帯のうちで3時間程度停電するというものだ。
5つのグループ分けは東電の送電ルートにしたがって分けられているが、極めて分かりにくい。
しかもそのグループに属する地域のうちどれだけの地域で停電になるのか、正確にどれほどの時間になるのかは明らかにされていない。
また第1グループと第2グループは一日のうちで2度の停電時間帯が設けられている。理由も主旨も判然としない。
官庁と企業の本社機能が集中している、という理由で東京都心部は除外されている。

また病院や福祉施設や、自宅療養者への情報提供も配慮も十分でなく、いかにも安易な計画のように思われる。信号が消える道路交通についても同様だ。

実に曖昧で、不安を惹起する発表だ。
停電処置が少なくて済むなら、できるだけ少なくしようという方針でもあるかもしれないが、生活と産業における電力の重要性を考慮するなら赦されない曖昧さだ。事の重大さと責任の重さを理解していないとしか思えないのではないか。
むしろ、予定を超えて停電等が広がった場合の責任回避を考えた、官僚的対応ではないかとも疑われる。

親方日の丸といわれる東京電力の内部の荒廃ぶりは、1999年茨城県のJCO事故についての、望月彰の詳細なレポートで告発されている。(望月はブントで68年闘争を担ったが、その後も一労働者として生きることをつらぬき、「しかし僕が体験してきた鉄は腐りきっています。原子力産業も腐りきっている。〜略〜上が言った命令は、どんなにおかしいと思っても逆らってははいけない。逆らえば次の受注がはない。そういうルールなんです」と語っている(荒岱介『破天荒な人々』p174、2005年))

こうした発表では当然、市民も企業も指示されたすべての地域で、最大の時間帯にわたって停電することを前提に対処せざるを得ない。
しかも発表は前日13日の20時過ぎである。
基本的には市場原理を生きる鉄道各社も企業も、敏感に反応し、慌しく本日からの多くの運転休止や操業休止の処置を行った。(彼らの運転休止や、操業中止はそのまま事業的に大きな減収である)
わたしたちも、指定の全地域で、指定の時間に停電することを前提に電池や食料を求めてスーパーや電気屋に並ばざるを得なかった。

にもかかわらず、本日、計画停電は第1、第2、第3グループにわたって行われず、第4グループに属する地域のどこかで17;00から19時までの時間のうちのある時間帯でようやく実施されたと発表された。(17時10分ごろ)
それでも、実際にどこで停電になっているのか把握していないなどと、噴飯ものの発表である。

生活者の生活を守ろうとか、産業経済を維持することに貢献しようというような気配は感じられない。

東京電力は、独占的一括的に電力を供給する「公益企業」である。
しかし、同時に戦後体制の中では官-財主導の支配共同体の中枢として「公益」の美名の下で手厚く保護され、莫大な内部留保をもつ「優良企業」であり社員の待遇も厚い。
それゆえ、JAL以上とも、かつての国鉄並みとも言われる親方日の丸体質(支配共同体の一員としての自己保存本能、隠蔽体質、責任回避体質、一部幹部による専制支配体質、下請け搾取体質等々)を濃密に保存してきたであろう。

同じく今次地震により発生した福島第1原発の事故をめぐる対応でも、情報を開示するのが遅く、説明も不十分で隠蔽・責任回避体質を遺憾なく発揮しているように見える。
一般マスコミは「危機管理が甘い」などとして批判しているが、そのように現れているのは、閉鎖的で前近代的な支配システムの残滓の現れであるだろう。

現代の生活と産業の,つまり社会全体の、エネルギーの基幹部である電力の維持管理は市民に開かれたものでなければならない。東京電力による独占的一括的で効率的な運用より、開かれた安全で目に見える運用が大事であるように思われる。

     ※     ※     ※

しかも、前提となる、電力供給状況の詳細は発表されていない(少なくとも簡単に目にすることはできない)。
発表された情報は以下の内容だけである。
○3月13日発表された3月14日の需給予測
 需要想定 4100万kW(18時〜19持)
 供給力 3100万kW
どれほどの供給努力がなされたものか判然としない。
木で鼻を括ったような対応とはこんなことであろうか。

それにしても、これをもとにしたという東電の計画停電計画には驚かざるを得ない。
夜7時の最大需要4100万kwに対して3100万kwの供給能力を持っているのに、昼間に停電してどうするのだろうか。
逆に夜のピーク時に平均25%節電すれば乗り切れるのに…。どれほど大口需要家と節電の協議をしたのであろうか。
安易で雑駁で、生活を守ろうとか、産業を守ろうとか言う意思は感じられない。親方日の丸の組織維持本能だけが動いているように思われる。

この情報も本日改訂された。
○本日改訂された14日の需給予測
 需要想定 3400万KW
 供給力 3300万kw

この、ずさんな管理状況はどういうことなのであろうか。
この数字になってみれば、さらに100万kwの節電で乗り切ることができるし、やむを得ず停電したとしても100万kw分で済むわけだ。昨日の段階でも、もう少し詰めた作業をしてから発表する能力があれば、混乱はごく少なくなっていたはず、である。

かつての支配共同体の残滓を引きずっているのだとしか思えない。この混乱を引き起こした責任は強く問われねばならない。電力の運用は根本的に変革されねばならないだろう。

     ※     ※     ※

これに対する鉄道会社の運行体制もまた、いかにもご都合主義的である。
東京電力の曖昧でずさんな対応に振り回されたとはいえ、JRも私鉄も地域生活を守ろうというような意思は感じられず、安易に郊外路線=生活路線を切り捨てたように見える。

     ※     ※     ※

報道各社の不勉強ぶり、取材能力の低さにもがっかりさせられた。
発表情報に頼るばかりで、断片的な情報と映像が何度も反復されるだけで、全体像や見通しは示すことができなかった。(独自映像は各社1本ぐらいずつであろうか)
中には、ヘリを飛ばしながら「この施設が何か分からない」などと詳細地図も持たずに飛んだことが分かる愚かなコメントもあった。
被害の全体見通しについても、莫大な数の死者が明らかなのに口をつぐんで、自らの責任で報道することをしない。
今後の復旧への展望や提言や、経済への影響の見通しや、についても海外メデイアが報道しているだけだ。

福島原発の事故についても、12日の段階でその重大さを認識していたのは在京TVで言えば2局位のものだった。また技術的理解についても十分ではなく、官房長官の記者発表以外にソースのない、垂れ流し報道ばかりが目立っている。

資質ある人材が揃っているはずなのに、日頃、商業主義の中で、研鑽を積む時間もないのであろうか。あるいは戦後体制にどっぷり浸かって、支配共同体に組み込まれてきた歴史から脱皮できないでいるのであろうか。

     ※     ※     ※

イライラが募ったので、珍しく自己解放することにした。
多少の誤解、書きすぎは、あるかもしれない、が。




posted by foody at 17:23| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 農・食・状況 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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