2011年03月12日

3月11日巨大地震その1・本日のUzumakiファーム

昨日3月11日金曜日14時46分、マグニチュード8.8という観測史上にも稀な巨大地震が発生した。
本日のUzumakiファームは協働耕作の予定だったが、中止。様子を見ながらどうしようかと思案中


定例のUzumakiファーム協働耕作日で12時ごろ帰宅。14時過ぎに車検の下見のために整備工場を訪れ14時00分ごろ再度帰宅。仕事部屋に入り少し片付け、コーヒーを入れて今日の記事を書こうかと思っていたとき揺れが始まった。

長い初期微動が10秒、20秒と続き、少しずつ強くなった。どこまで続くのか、分からないいやなゆれだった。30秒ほども経ったであろうか、ローリングするような大きな揺れに変わった。単純な縦揺れ横揺れでなはく、船や飛行機のローリングが近い。縦横の大きな揺れが一緒におきて、宙に浮くようだ。しかも長い。まだ収まらない、まだ収まらないと思いながらわたしは室内を見回して点検して、立ち上がって書棚を押さえた。揺れが激しく、手を離してはそのまま立っていることができない。歩くことももちろんできない。扉を開き、家人に大丈夫か〜と呼びかけた。
ちょうどその頃、ぷつんと音がして停電した。エアコンが止まり、照明が消え、ぷつんと音がしてデスクトップにしているPCの画面が消え、ルーターが止まった。
モバイルPC一台は電池で動いていた。
揺れは縦に大きくゆれ、また小さくゆれ、さらに横に大きくゆれて斜めにずり落ちて、ます増す激しくなり、一番大きな本棚が倒れるかと思うほど揺れた。底が抜けるような、いつ終わるのか分からない。どこまで大きな揺れが来るのが分からない。早く終わってくれ、とじりじりしながら本棚を押さえていた。
とてもとても長く感じたが、実際には1分もなかったのであろうか、よく分からない。
揺れがようやく弱くなり、これなら歩けるか、と歩き出したらまた揺れた。収まるのを待って、家族と顔を合わせて無事を確認。ついで家の中を確認、落下物はごく軽量のものなどで損害はないようだ。電気機器のスイッチを全部切った。
家の外へ出て、外形を確認。道路、家の基礎、外壁、窓、屋根(地上から目視)、電柱異常はないようだ。道路の信号が消えて車が連なり、徐行している、というか、渋滞している。何人かの人がやはり外へ出て状況を把握しようとしているようだ。口々に怖かったですね〜、大丈夫でしたか〜と声を掛け合っている。(この人たちと、助け合っていくのだな、と思った)

携帯電話に入るはずのエリアメール(緊急地震速報)は入らなかった。最初に届いたメールは実家を守る弟からの無事を知らせ、安否を問うメールが16時40分に届いた。返信したが送信できなかった。緊急地震速報は19時32分になって第1信(余震を知らせるもの?)が届いた。

     ※     ※     ※

隣家のおばあちゃんが、一人で心細くて、とやってきた。
家族が外出したりしていて一人でいる人は多い。ましてお年よりは気にかかる。

近隣の様子を見に自転車で一回りした。
チャップリンおばさんには自宅で、サバイバルの準備を整えていた。
スーパーでは、水や飲料、緊急用食料を求める人が列をなしていた。
一般回線電話はもちろん、携帯電話もメールも通じなくった。公衆電話のボックスに長い列ができていた。

     ※     ※     ※
地震発生から停電していたが、昨夜23:00頃には回復した。神奈川県では東電管内最大の130万戸が停電したらしい。
テレビがついて、情報量が一気に増えた。

被災地ももちろん、電気・ガス・水道、通信系交通系などほぼすべてのインフラが破壊されているだろう。
情報は極めて少ない。

わたしは、回復したテレビで、自衛隊が撮影したという、劫火に包まれる気仙沼の映像を呆然と見ながら眠れない夜をすごした。
早朝には、長野でも大地震が発生した。

今も、災害は進行している。
現時点で死者、行方不明者1300名余、火災126件、損壊家屋はどれほどになるか分からない。
むろんどれほどの被害になるのか、まったく予測できない。
――予測できないもの…。
カタストロフィ、と呟いてみる。





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