2011年01月23日

宮前クリーン農業研究会織茂さんの畑へ その1〜自然農法は世界を救うか〜自然農法・直売・コミュニティ

宮前区の織茂耕治さんは、たぶん川崎では唯一の(と思う)EMによる自然農法グループ「宮前クリーン農業研究会」の代表で、自身は1haほどの畑を営む農家だ。

(「農」と「農家」と言うことばについて
農業者=農家と小規模農業法人、などというが、「農」に産業を意味する「業」をつけたのは宮崎安定の「農業全書」あたりが初めなのであろうか。審らかにしないが、「商業」「工業」という言い方同様に市場社会の商業的な農のあり方、または国家経済上の産業分類をさすニュアンスが感じられるような気がする。「農」と「農家」でいいではないか、と思う。ちなみに農協は「農業協同組合」で戦後のつくりもの、伝統的な農村の共助組織は今でも「農家組合」である)

去る17日に、EM(Effective Microorganisms=有用微生物群)技術の情報発信をするWeb Ecopure(ウェブ・エコピュア)編集担当の鹿島お願いして、EM技術で自然農法を営む織茂さんをご紹介いただいた。(すでに古い話しになりつつあるが、忘れないうちに書き留めておこう.
ちなみに一緒に行ったチャップリンおばさんはとっくにこちらで記事にしている(^^ゞ)

EMとは、乳酸菌、酵母、光合成細菌を主体とし、安全で有用な微生物を共生させた多目的微生物資材、およびその応用技術のことだが、自然界に存在するものだけを使った環境改善法として注目に値するだろう。農における土壌改良からはじまったEM技術の実用は環境汚染対策や化粧品・健康食品・家庭洗剤などにおよんでいる。詳細はこちら

鹿島祐子さんは、川崎市中原区に居住し夫君とともにレストラン「多羅葉樹」を営みながら、EM技術の情報発信ウェブサイト「Web Ecopure(ウェブ・エコピュア)」の編集に従事している、EMの「申し子」みたいな専門家である。

織茂さんは、夫妻で出迎えてくれた♪
夫人は照れながら写真に納まった。含羞の人、である。
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農場めぐりの最初は、コーヒー豆かすの堆肥である。もちろんEM液を使って発酵させている。自宅敷地内、というか玄関前にあって、いかにも大切にされている感じがする。
もう一年ほどたって、ちゃんと完熟状態の堆肥になっている。
匂いをかぐと、ほのかにコーヒーの匂いがした。コーヒー滓は産業廃棄物会社から買っているのだという。
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EM自然農法との出会い〜「味が良くなった」の感動

そもそも織茂さんとEM農法の出会いは今から18年ほど前、1993年頃だという。まださして知られてはいないEM技術を知り、半信半疑で実験してみたという。
その実験方法が、またきちんとしていて、10aずつ3つの畑に1EMボカシのみ100kg、2発酵牛ふん堆肥1トン(!)とEMボカシ100kg、3牛ふん堆肥1トン+配合肥料200kgを分けて施肥して生育を比べて見た。結果は歴然で、EMボカシのみの畑の作物が「収量、品質共に良く、病害虫の発生も一番遅くなりました」という。また、お客様からも、「味が良くなった」と何度もほめられて、意を強くして本格的にEMによる自然農法を導入したのだという。
いわば、確かな味を知る顧客、そしてそのことを伝ええてくれる顧客とのコミュニケーションの感動=関係性の存在が自然農法を後押しした。このとき織茂さんは、本来あるべき人間的労働の何ほどか、を実現していたであろう。

(詳細は鹿島さん編集のEM情報サイトエコピュアに詳しい)

「直売」の大切さ〜市場の外に緩やかなコミュニティを作る

自宅脇の「直売所」。このあたりの農家にはよくある風景だ。
都市農家だからこそできる特権でもある、と新潟に育ったわたしは思う。(もっとも、今は田舎でも車移動が可能なので、蔬菜・果樹地域には農家の直売所はたくさんある)
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生産農家が自分で売る、と言うことはいろんな意味をもつ。
それは買い手との出会いにおいて、市場システムを排除するということである。したがってそこでは農家の意思で値付けがされる。そこでは市場システムに自ら進んで労働力を細切れにするように売り払う必要がない。
(それは流通業従事者の多くが、生産過程(における価値形成)に参加していないために、自らは関与しない「価格」と「売り上げ」のために労働を時間単位で切り売りする事態と比べれば明瞭だろう)
豊作でも不作でも、自分の「労働」と自然の力が生み出した価値を、一応価格として表示することができる。「神の手(アダム・スミス)」は原理的には不要となる。(現実にはもちろん市場価格を考慮して個々の農家が値付けをするわけであるが)

(農協直売所などへの委託でなく)自分でする直売は、また買い手=ここでは消費者とのコミュニティ形成にもつながる。自分で売り場を作り、売り物を並べ、値付けをして表示する。買い手が持ち帰るための袋なども配慮が必要だ。その分、手間がかかるわけではあり、農作業の時間を優先するため無人販売としているところが多い。しかしそれでも織茂さんのように、売れ行きや買い手の反応ををじかに受けとることで、より良い野菜生産への動機付けとしている。買い手と織茂さんの関係は固定的な契約関係にあるわけではなく、食を媒介とした緩やかな共生関係である。

そこには自由意思もあり、相互の信頼関係もある。共通の価値観はもちろんあるが、それは、生産に還元され、自然性のうちに循環する。すなわちカントや、ジグムント・バウマンいうところの「美的共同体」とは一線を画しているもののように思われる。



posted by foody at 19:40| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 農の現場レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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