2010年10月12日

疎抜き(おろぬき)白菜を食べる

Uzumakiファームで疎抜き(おろぬき=間引き)してきた白菜である。
すぐに萎れたが、少し水につけるとしゃんとする♪
(このまま植えれば、立派な白菜になるのだが…)
柔らかで消え入りそうな大根と比べ、幼生でもしゃきっとしていそうだ。
P1190720.JPG

すぐに食べて見る。
幼生であるから大根同様、アクらしいものはほとんど感じないが、少し繊維が強くそのままでは旨みが出てこない。出てくる前に葉が口の中で消滅してしまう。

大根と同じくまずは、オリーブオイルと塩胡椒で。
(もちろん、わたしは、根も食べる)

塩はそれだけで素材のもつ味わいを引き出す。わたしたちはそれを旨みとして感じる。
適度な塩分はもののもつ力を覚醒させるもので、味覚のダイナモであり生理的なバランスの核であり生命の原基的要素である。
われわれは塩なくしては生きていけないし、塩分の過剰摂取が不健康だという大方の悪宣伝は人間の精神の調和を破壊することにもつながっているのではないか、と疑われさえするのではないか。なまじなことで減塩などと唱えるものではない。
(今日の食生活では、減蛋白と減でんぷんこそは食のバランスの涵養のキイである、とわたしには思える。とか言いながら、わたしは若年からの高血圧であるけれど(^^ゞ)

オリーブオイルは苦味や雑味を押さえ、素材の旨みとあわさって穏やかに包むようにまるみを引き出す。魔法のようなその働きは不飽和脂肪酸の働きと相俟って地中海の人々を強く生かしてきた知恵である。

黒胡椒はオリーブオイルとは対照的に自らの強い香りによって、自らを主張しながら、雑味を飛ばし旨みという他者をいっそう深く深く掘り下げる、であろう。

それらのバランスをとりながら量を調整する。
P1190724.JPG
よくメランジェして食べる。
そうしないと白菜は大根などと比べれば果肉が厚く繊維質が舌にあたる。
葉茎の部分ではそれがしゃきしゃきしたよい食感と感じられるが、葉では無味に曖昧な部分となる。

しゃきしゃきの茎は心地よい食感のあとに、少しだけ白菜特有のふわっとした甘みのような味わいがあらわれてすぐ消える。大根の葉より、ぐっと茎がが強い。
これもやめられない(^^ゞ

堪能できるな、これは。
などと思いながら、チャップリンおばさんが採ってくれた茗荷と胡瓜の酢の物(少し砂糖入り)を乗せて食べる。
P1190727.JPG
うまい、が少しぼやぼやしている、かな?

思いなおしてわさび醤油で食べてみる。
(ちょっと、醤油多すぎだね。醤油を落として食べた)
P1190729.JPG

茎を食べるのは、これかな♪
わさびは万能選手だな。
胡椒よりも香り鋭く辛味が立つので、穏やかな控えめな旨みをいっそう引き立てる。
胡椒では曖昧だったものが、わさびではきちんと味わいになる。

胡椒が引き出すふんわりした旨み、とわさびが引き出す繊細だがしっかりした旨み。

ほんの少しのわさびと醤油を付け加えてごはんも乗せてしまう。
P1190734.JPG

引き締まった白菜の「しゃきっ」とごはんの甘やかな柔らかな旨み。
やめられない、止まらない(^_^)v


posted by foody at 06:43| 神奈川 | Comment(0) | TrackBack(0) | おいしいもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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