2010年09月26日

「氷河期世代」と「空想のゲリラ」〜都市の亀裂のような農と食の風景から「自然性」と「地域」へ至る

都市の表層を切り裂いて露出する、あるいは都市の底に析出するような農の風景。
P1190071.JPG

(塩野さんとわかれ、一人になったわたしは、「土」に見とれて妄想した)

1991年、バブル経済崩壊のころ以降、すなわち近代市場社会の拡大成長期が最終の成熟期をむかえ終焉して以降、隅々まで浸透した市場原理によって分断され孤立してようやく西洋的に「個人化」したであろう個人は、直ちに市場の不況圧力によって見通しと言うものをもたない不安な生存様式を、具体的には「就職氷河期」として強要され、苦難ある生活史を辿る初めての世代となった。

※1970年代に生まれた人を氷河期世代と名づける向きがある。身も蓋もない、とはこのことであろうか。ちなみに1988年以降生まれををゆとり世代、1982年〜87年生まれを、妙にプレッシャーに強いプレッシャー世代などとも呼ぶ向きがある。

※わたしは、時代や社会というようなものにほぼ絶望していたと言って良いだろうが、1991年を過ぎるまでは、実生活に於いて、社会の市場化の進展の恩恵を受けていたし、加担もしていたであろう。生活についてははなはだ楽天的な気分でいたであろう、か。そして、市場化がどこまで進展し、その先がどうなるのかについて、何の展望も持ち合わせていなかったし、求めたとしてもその手がかりはどこにも存在していなかったであろう。わたしは「判断停止」していた…。

また歴史は、市場圧力の浸透によって「社会主義」を終焉させ、「歴史」をも「終焉」(フランシス=フクヤマ)させ、一時はシカゴ学派(フリードマンら)による自由主義経済思想は「市場原理主義」と呼ばれ、世界を席巻したが、「永遠の市場拡大」というスローガンは幻想に過ぎないこともすぐに露呈した。

展望を失った世界では、ポストモダンと呼ばれるきらびやかな思考の数々が、展望を失った世界を「脱構築」して、「亡霊」や「戦争機械」や「共同幻想」や「国民国家」や「貨幣の魔法」の存在を露出させた。が、結局のところそれらを、廃棄しまたはのりこえる道筋は不明瞭そのもので、ますます「展望」の不可能性を、つまり人間社会の希望のなさを強く論証してしまった、ように見えた。

展望のない世界に展望を与える試みを、しかし人類はやめはしない。
自由主義に倫理的な思考軸を持たせようとする「正義」論的なロールズなどの自由主義の修正派であり、マルクス思想への親近感を土台にコミュニタリアニズムとその近傍を歩む社会思想であり、マルクスの再解釈から現在を再解釈し未来を見出そうとする政治主義的な社会思想である。
さらには独自の根拠から人類史の総過程を成長と停滞の反復と捉える歴史観を土台とする広井良典らの日本公共哲学系の思考もある。

人間の(個人の)生存は、共同体によって保障されてきた。これからもそうだろう。
そして、大塚久雄によれば、ゲマインシャフトとは土地に根ざす共同体だった。
(大塚久雄「共同体の基礎理論」 関連記事1はこちら 2はこちら 3はこちら
わたしたちの、新しい(非市場的な)生存原理は、分断された諸個人がここまで、大塚言うところの共同体の原生的な枠組、まで退却しなければ見えてこないのではないか。

個人は分断され孤立しているが、しかし、自然性において共有し連帯し共助している、と言うように…。そしてそのような共同性を「地域」と呼ぶのだ、と言うように…。

     ※     ※     ※

都会のただ中の農村風景は、もちろんのんびりしてもいないし、牧歌的でもありはしない。

それは血を流して助けを呼んでいる、人間の自然性と生存共同体の瀕死の姿であるだろう。
それは都市の幻想を突き崩し、都市を解体して行く力の根源的なダイナモであるだろう。
それは直前に対峙する、もっとも緊急な情況的な課題の一つであるだろう。

     ※     ※     ※

都市のただ中に、あるいは底辺に析出し露出してくる大地、と言うようなものは、近代をその負の極北において身体的に担ったであろう「空想のゲリラ」黒田喜夫を連想させる。

『不安と遊撃』から50年余り、ようやく、時代は黒田喜夫と再会する、で、あろうか…。


posted by foody at 18:27| 神奈川 ☀| Comment(0) | 農・食・状況 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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