2010年07月25日

7月25日第3回友愛公共フォーラム 理念と政治と行政と「社会的実践」と広井良典

理念と政治〜国民国家の終焉から共生理念の実践使命共同体へ

7月25日に青山こどもの城で開催された「第3回友愛公共フォーラム」へ行ってきた。
主催は「友愛公共フォーラム」。ホームページを見ると「友愛」と「新しい公共」を掲げて鳩山〜管民主党政府を支援しようという姿勢が明瞭に打ち出されている。
発起人には「公共哲学」の山脇直司、「定常型社会」「コミュニティを問い直す」の広井良典など多数の学者、鈴木寛などの学者出身の民主党国会議員、NPO法人関係者が名を連ねる。

設立趣意によると
 「政権交代によって最先端の思想的・学問的な理念を踏まえた政権が成立し
 たために、その理念や政策を論評することが困難になってしまっている」
 「友愛や公共といった理念に即して、政策に関して、内在的な議論・提
 案・批判ないし批評を行う「公共の場」を形成し、それを公開すること
によって、友愛政治の健全な進展に寄与したい。

と書いてある。
今年NHK教育テレビで放映されたマイケル・サンデルの「ハーバード白熱教室」で名をはせた小林政弥氏のいる、「千葉大学公共哲学センター」が形成する「公共哲学ネットワーク」が「支援」している、らしい。

去年の政権交代がもつ意味は、政治を権力をめぐる権謀術数であるとし、また権力は利益とリンクするという資本主義市場社会の発展を目指す国民国家体制が、社会経済的にも明白に終焉したことであろう。
そして現在の課題は、たぶん資本主義的利益でない、共生とか公共とか友愛とか言うような、「共生社会」のための「貨幣的利益でない理念的価値」を指標とする社会へ生まれ変わる具体的なビジョンを描き出し、その実践の途につくことであろう。

政治は、本質的には、資本と市場社会の利益共同体から、非市場的な理念の実現を目指す使命共同体へと変わった。ハズである。

行政と「社会的実践」

わたしは、個人的にも組織的にも特に民主党に縁があるわけでも支持しているわけでもないが、去年、広井良典の思考に出会い、大いに啓発されたので、その後の広井良典に注目しているのである。

人類史を大きく捉え、近代を市場社会化による例外的な経済成長期とみなし、現代を成長期が終わったあとの数百年はつづくであろう経済成長が期待できない・しなくてもよい普通の状態=「定常型」社会期と捉える広井のパースペクティブにわたしは賛同する。
そして成長を期待しなくても、持続可能な「社会の組み替え」問題は医療や福祉や税制や都市政策やと言った「政策」だけでなく、最終的には「共生」を保障する(過去の封建共同体ではなく、個人の自立を前提とした)新しい
「コミュニティ」が形成できるか否かにかかっている、という展望にも基本的には賛同する。

だからこそ、わたしはいま、地域における食と農の循環を通じて実践的なコミュニティ作りを志向しようとしている。
広井と違うのは(そしてついでに書いておくと柄谷行人とも違うのは)実践において「地域」という現場に根ざすことがもっとも大切だと考えていることだ。
地域的な共生基盤を構築し、行政はそれをささえ、それに奉仕するものとなるというようなことだ。
地方自治、とは本来そのような「理念」だったはずである。

しかし、国家が行政を主導し、官僚組織が地方を統括する文化(国民国家=行政システム)の中では、官僚が直ちに自らを主権者と幻想して、「国家」を僭称してしまうように学者も直ちに国家や行政が実践の場であるかのような錯覚に陥ってしまうのではないか、とおそれられる。
「行政」を図式とルールで動くゲームのように思いなし、(国家的)権力がそれをなしうると錯覚してしまう恐れが、なお強く深く蔓延している、と思われる。

そのとき「生きる場」=現場=をもたない言葉は、自己表出をもたない空虚な行政語となって枯れてゆく。

資本主義後の社会システムを明言する広井が、どのように実践的なビジョンを提示するか、どのように「地域」に到達するのか、とても興味がある。

「創造的福祉社会or創造的定常型経済システム」の可能性

今回の、わずか30分の講演に44シートものレジュメを用意したのには驚かされたが、「コミュニティの重要性」の項は政策へと転化してゆくための具体性・事実性に追われて、であろうか、行政的レベルの分析に終始して掘り下げの方向が違うように思われ、本質的な深みには到達していないように思われた。

「これからの福祉・社会と価値原理」では、人類精神史的な「拡大・成長期」と「定常化」の3度のサイクルに立ち戻って、「倫理」の再内部化を提言している。精神史的又は倫理的な課題は社会システムが招来するものであって、社会システムを構築するものではないのではないか、と思われた。

「福祉国家・資本主義の進化とコミュニティ」では生産〜生活軸と人間・労働〜場所・空間軸をたてているが、あくまで行政課題として提起されているように見える。ここから、もっと本質へと「抽象」し、現実へと飛躍する可能性が開けるような気もする。

「創造的福祉社会(創造的定常型経済システム)の可能性」では「創造性」をキーワードに、環境と経済・福祉の統合に言及しているが、どうも核心の外側を回り続けるスローガンの連続のようであり、「行政審議会」の答申のようであり…というような気がしてならない。

壮大な人類史的パースペクティブから描かれる、社会の構想には、見合うだけの深いまたは壮大な哲学があるべきではないか。
公共哲学は、まだとば口にたっているに過ぎない。
その分、大いに可能性もあると期待したい。

     ※     ※     ※

会場は100名ほどの聴衆であったが、それでも「盛況」であるらしい。
話者は、短い持ち時間の中で苦労していたが、民主党国会議員の鈴木寛氏の明晰・高速な話柄、佐久病院の色平哲郎医師の「地域」をしんから知る洒脱な話しっぷりと腰の低い構え方にそれぞれ感銘を受けた。
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学者語や行政語の会話ではなく、もっと深くじっくり話を聞いたり会話したりすることができると良いのにな。それがマイケル・サンデル式対話でも、おのずから人格と言うものが味をつけてくれるだろう、などと妄想しながら帰途に着いた。

     ※     ※     ※

友愛公共フォーラム
http://yuai-koukyou.sakura.ne.jp/index.html


posted by foody at 20:02| 神奈川 ☀| Comment(0) | 農・食・状況 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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