2012年10月30日

2012年10月26日のUzumakiファーム その1晩秋の姿を見る〜神津さんが手入れする花壇・小松菜と蕪・旺盛なにんにく・老熟のツルムラサキ・たまねぎの被害・季節はずれのズッキーニとトマト・茎ブロッコリー不調・順調な大根とねぎ、宿命を甘受する忸怩たる晩秋

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この日から、作業は8時開始。
朝露が降りてびしょびしょなのだ。
空気はひんやりとして、晩秋の訪れをひしひしと感じさせる。

畑に着くと、花壇に手入れの跡がある♪
ファームの“花壇担当”神津さんが来たのだ、な。
手前の雑草がきれいに抜かれ、周辺も少しきれいになり、奥のほうに何か植えてある。
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神津さんは、作業日が土日から、日月に変わったため、なかなか顔を合わせられなくなってしまった。
申し訳ないm(__)m

0番の12月用の小松菜と蕪たちはしっかりしてきた。
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にんにくは旺盛に伸びる。
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ツルムラサキは、新芽の伸びがめっきり遅くなり黒い実のようなものをつけ始めた。
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たまねぎの苗が根切り虫にやられて、数本倒れている(>_<)
たまねぎの苗は思ったほどには育っていないし、残存率も低い。幼苗のときに遭遇した、9月末の台風の影響も受けただろう。甘く見たわたしが、不織布を外してしまったのだ。
申し訳ない。
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ズッキーニがたぶん最後の大きな実をつけていた(@_@;)
種を取ろうか、どうしようか。
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桃太郎トマトが、まだいくつか(10数個)着果している。これらのトマトはゆっくりと熟し、冷気にあたりながら甘くなる。いつまで残しておこうか。
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茎ブロッコリー・ステックセニョールは相変わらず育ちが悪く虫食いも多い。
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大根は生育順調で、そろそろ、大きくなって大根らしくなってきた。
まだ小ぶりだが、もう、十分に一人前だ(^^♪
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一本ねぎは、一段と伸びて、太さも増してきた。
そろそろ白い部分は30cm。
最後の土寄せをしておこう、と思った。
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晩秋。
今年の収穫に感謝し、ということはつまりけして優しくはない自然というものの運行のうちにあって、意識や言葉を持ってしまったものとして、その宿命を嗜むように甘受し受け入れてゆく、ということになる、のかな。
市場システムの最盛期と老熟期の、いわば晩秋の時代に遭遇してしまったことも含めて、である…。
忸怩たる晩秋。

    ※     ※     ※

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2012年10月22日のUzumakiファーム その2収穫、たまねぎの土作り、坊ちゃんかぼちゃの受粉果、畑におけるエロス性と関係性、今日も呆然と見送る

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一息ついて高瀬さんと一緒に、手間のかかる収穫にかかる。
モロヘイヤとツルムラサキの後は、まだまだできるミニトマトと、盛りを迎えた秋の第1期の小松菜。
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なすとピーマンもまだまだ元気だ♪
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ミニ青梗菜も十分に採れそう。
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高瀬さんはすかさずパクリと、摘み食いだ^_^;
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続いて、先週ほぼ完全に疎抜きを終わったのだが、最後に残しておいた疎抜き用の大根を、引き抜いた(^^♪
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ここで高倍さんも到着して、蕪類や小松菜などもどんどん採る。
持てるかな〜どうかな〜、と幾分声も弾む。
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ちゃんと写真を撮るまもなく、収穫物を分ける。
かろうじて大体の量を写真に収めた。
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収穫の後は、たまねぎを植える予定の10番の畝の北半分と7番の畝の南半分に、それぞれ堆肥80ℓと有機肥料を入れて土作り第2耕の耕運だ。なんと高瀬さんも耕運機に初挑戦。
軽量耕運機は意外に力が要るのに驚きの表情だ。
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手早くやったつもりでも、作業の終わりは10時を回っていた。
片付けがてら畑を回ると、坊ちゃんかぼちゃが季節はずれの元気で3つも新しい受粉果をつけている(@_@;)
なんということだろう。
効率を重んじる「農業」では、とっくに(8月末ね、だいたい^^;)片付けているはずのかぼちゃがこの季節にも元気に生きているのだ。わたしたちは「農」を「業」としないことを旨とする、自給者だ。
(まあちゃんと始末していないことの言い訳半分なのではあるが^^;)
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生命というものの、小さいか弱いものである生命の意外な強さ。
すぐにも枯れ落ちる運命なのだが、そんな客観的=他者的視点は、自らを生ききろうとする生命の即自性とは結局出会わない、のでは、ないか。
生きたものが、我欲を張ったものが結局自分を全うする「勝者」なのではないか…。
(浜崎あゆみは、敗者でいい、敗者でいたいんだ〜と歌っていた、かな。
もちろん勝敗は市場システムの本質的な原理であって揚棄されるべきものだ。すなわち市場システムの原基たる勝利=幸福を目指さないことに現代的時代的意義がある、のだ)

谷川雁が書いていたように、ぎなのこるがふのよかと(生き残ったやつが運のいいやつ)という、横殴りの吹雪のような成り行きになるのではないか、結局意識にとって生の総括とは主観でしかないのではないか、と、生命=エロス的本質が恐れられた。

しかし、そんなことは無論気の迷いでしかない、とわたしは言葉にしてみる。

意識は意識あるものとして自分をも対象化する。
関係性の中に宙吊りにされた自分を、関係性として認識する。
したがってマルクスが言うように、人間は「関係性の総体」としてあらわれ、そのようなものとしてわたしたちは認識する、はずだ。

恐ろしいと思うのは、依然として自ら生き切ることを目指しながら、一方で客観的な真や善や美の公準というようなものを恐れるからだ。恐れの受感が、生きてあることの関係性をたとえば普遍性(他者性=倫理性)として取り出したとして、それもまた、一人の観念=意識の中ににしかないもので、生ける生命の我欲=エロス性とその意味で結局等価でしかないのだ、とわたしが思うことだ。

影を恐れるようにして独我論の堂々巡りが、生きとし生けるものを今日も呆然と、見送っている。

    ※     ※     ※

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