2012年10月16日

2012年10月14日のUzumakiファーム その1 1週間ぶりのどきどき、プランターピーマン萎れる、第2期ラデイッシュとルッコラ発芽♪、なす、無農薬地大豆さといらず、大根をめぐる間引きの原罪のようなものと浜崎あゆみをめぐって

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薄雲のかかる朝、7時ころに到着。
日中は晴れる予報だが…。
1週間ぶりの畑で、少しどきどきするような、新鮮な朝だ(^^ゞ
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入り口の花壇には異常なし。少し雑草が伸びているな〜、いや少しじゃないかな〜、手入れしなければな〜〜^^;
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野菜作り教室で植えたプランターの、こどもピーマンに異常発見!である。すっかり萎れている(>_<)
台風の後、丸6日間雨は降らなかったからな〜(ーー;)
取り急ぎ、2ℓほど水をやった^^;
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1週間前、10月7日に播種した、ラデイッシュとルッコラが芽を出している(^^♪
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なすはむしろこのところのほうが元気だ。たくさんの実をつけている(@_@;)
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新潟の地大豆さといらず(砂糖いらず、ね)がようやく実を太らせ始めた。
一緒に植えてある、枝豆用の黒豆は、みな病気になってしまった(ーー;)
無農薬で大豆を作るのは、実は、意外に難しい、と思われる。
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大きく膨らんだ実を採って、中を見てみる。
大きな豆が出てくる(^^♪
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きゅうりはいよいよ元気がない。ついに終わりのときを迎えた、かな。そうかな〜〜〜〜(ーー;)
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対照的に大根はずんすん大きくなっている。ぼうぼうになって、これはもうどうあっても間引きをしなければならない(当然なのだ)。しかし、これは小さな声で言うが、いつになっても、何回作っても、どこかで間引きを躊躇する気持ちはなくならない。やはり罪というものなのだ、というような…。
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にんにくの芽が出そろって、勢いよく伸びる。
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このにんにくも植え付けの時にたくさんの小さな球根を廃棄した。
命あるものいたいけなものすべてに、それぞれ自身を全うさせたい、全うするべきなのではないか、と思考するのは限りある命を生きる、わたしの意識を意識する自己意識というものの、あるいは何か純粋な精神とか感受性というものがあるならば、そのようなものの率直な態度であると思う。この率直さはロマンチシズムに通じ美的世界観に通じるかもしれない。
しかし、自然に手をかけて加工して生きる生なわたしの意識の行いは、平然と、時には嬉々として間引きや廃棄を行う。それはよりよく生きる身体的生命として、率直でありリアリズムに通じ、唯物論的世界観に通じるものかもしれぬ。

与えられた自分だけの 
正気と狂気があって 
そのどちらも否定せずに 
存在するなら〜

と浜崎あゆみはその詩的緊張の内省の絶頂期に歌っていたな。よく見えているな、若いときは。
見えすぎて、見えなくなってしまうんだな。きっと。
人間は、自分の正気も狂気も最終的に判断できない。
すぐに続けてこのように歌う。

  ムダなもの溢れてしまったもの
  役立たないもの
  迷わずに選ぶよ
  そう 私が私であるためにね

人間は詩的には差別も間引きもしない「完全なもの」であろうとするかも知れぬ。
わたしがわたしであると自分が承認するためには、わたしはわたしの身体にではなく観念にしたがってゆかねばならない、だろうか。
そのとき詩は身体を大きくそれて、ゆく。

まことに、身は現在に反転しこころは遠くまで行く、のである。

    ※     ※     ※

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posted by foody at 05:54| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Uzumakiファーム2012 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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